ウクライナ出身の新星が、憧れの日本、憧れの大相撲で、歴史に名を残した。幕内3場所目、東前頭筆頭の安青錦(21=安治川)が、年6場所制となった1958年以降で最速となる、初土俵から12場所目で金星を挙げた(付け出しデビューを除く)。初顔合わせの横綱豊昇龍を、相撲と母国でやっていたレスリングを融合させた渡し込み。元大関小錦、現十両友風が持っていた従来の記録、14場所目での金星を2場所更新した。横綱、大関戦を終えて2勝1敗。優勝争いの有力候補にも名乗りを上げた。
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食らいついたら、すっぽんのように離れなかった。安青錦は低い立ち合いから突いて出ると、右を深く差して下手を引いた。豊昇龍に振り回されても、生命線の下手を最後まで引いたまま。頭をつけて横綱の上体を起こし、追い詰めた。さらに攻め、左で相手の足を取って渡し込み。横綱に天を仰がせた。17歳までウクライナでやっていたレスリングのタックルの動きと、まわしを引く相撲の技術の融合。研究熱心で古い映像でも何度も見た、座布団が舞う景色を再現させた。
“勝っておごらず”の大相撲の精神を熟知するだけに、喜びの声は「うれしいです」と話すにとどめ、心の中でかみしめた。初土俵から12場所目での最速金星にも「あまり意識していない」と、淡々と話した。2年前の名古屋場所。たった1人で新弟子検査を受検した。その場所で初優勝し、大関に昇進した豊昇龍をこの日の初対戦で破った。当時、2年後にそんなことが起きるとは「もちろん想像できなかった。幕内上位で相撲を取っていることも」と、思い描いた理想の上をゆく急成長、出世だった。
戦火のウクライナでは、18歳以上の男子は出国が認められていなかった。18歳の誕生日まで1カ月を切った時に、知人のつてをたどって来日した。幼少期から大相撲に憧れ、日本への興味も強まっていた。来日すると「コンビニに驚いた。24時間、食べ物が買えるのは、ウクライナでは郊外にあるスーパーだけ」と、ワクワクする毎日を送った。
憧れの元関脇安美錦が師匠の安治川部屋に入門、納豆や青魚が好物になった。部屋の関取第1号となり、若い衆が暮らす大部屋よりも上の階の個室を用意されたが断った。大部屋に隣接する物置のような部屋を個室として使う。「みんなと離れるのが嫌だから」。両親はドイツで暮らし、兄はウクライナに残った。仲間とまで別々に暮らしたくなかった。来日前から言葉は知っていた“キンボシ”。「自分の相撲で1人でも元気になってくれたら」。母国に勇気を届ける大きな1勝となった。【高田文太】
◆安青錦新大(あおにしき・あらた)本名ヤブグシシン・ダニーロ。2004年(平16)3月23日、ウクライナ・ヴィンニツャ生まれ。6歳から地元クラブで柔道を始める。同クラブが事実上、レスリングクラブに変わり、レスリング技術も習得。相撲は7歳ごろから始め、19年に大阪で開催された世界ジュニア選手権にウクライナ代表で出場。大相撲では23年秋場所の前相撲で初土俵。同年九州場所で序ノ口、24年初場所で序二段優勝。24年九州場所で新十両。今年春場所、初土俵から所要9場所と付け出しを除く最速で新入幕。同場所、夏場所と2場所連続で敢闘賞。今場所の東前頭筆頭が最高位。得意は右四つ、寄り。家族は両親と兄。182センチ、138キロ。

