今年は市川崑監督(享年92)の生誕100年に当たる。48年に「花ひらく」でデビューして以降、「ビルマの竪琴」「東京オリンピック」「犬神家の一族」…作品は多ジャンルにまたがり、常に脚光を浴びてきた。
東京・角川シネマ新宿では「市川崑映画祭 光と影の仕事」が開催中で、先日、数多くの市川作品に出演した岸恵子(83)が舞台あいさつに立った。話の端々からは往年の撮影現場のおおらかさが伝わってきた。
岸の代表作の1つに挙げられる「おとうと」が撮影されたのは55年前だ。京都のスタジオで日仏合作の「スパイ・ゾルゲ」を撮影中だった岸はある夜、宿舎のホテルのドアを突然ノックされる。東京にいるはずの市川監督だった。
「この役はあんた以外は考えられないんだよ」
道楽者の弟をかばい続ける一本気の姉がヒロインだ。気鋭の監督の直談判に断る理由はなかった。だが、実際に撮影が始まると「きれいで、ふくよかなお姉さんはいらないんだよ」と一転、監督は厳しかった。「何をやってもお気に召さないんですね」と岸は苦笑する。
カメラを回したのは名カメラマン宮川一夫氏(享年91)。最初の1週間で撮影したフィルムを確認すると、そこには美しい「姉」の姿があった。市川監督は気に入らない。「1週間分のフィルムを全部お捨てになってしまったんですよ」と岸は言う。
「この姉は、ぎすぎすしていて、センスが無くて、頭が悪いんだ。出来ないなら、もう止めようか。恵子ちゃん、もっとやせて」
監督の要求はエスカレートする。岸も精神的に限界を感じた。追い詰めたのが市川監督なら、救ったのも監督のひと言だった。
「いつも口をぽかーんと開けてごらん」
「あのひと言をいただいてから、不思議なほどうまく演じられたんですね。あのひと言で役柄がすーっと入ってきた気がします」と岸。これが市川マジックなのだろうか。
「おとうと」の直談判以来、市川監督の出演依頼は映画会社もマネジャーも通さず、直接連絡が入った。仏パリに転居していた77年にも電話がかかってきた。
「恵子ちゃん、今度は殺人鬼やで」
一連の横溝正史原作ミステリー作品の中でも最高傑作と言われる「悪魔の手鞠歌」だった。
パリの生活に困窮して、岸はやむを得ず日本で「出稼ぎ」しているという心ない記事が出た頃でもあった。岸はこの情報をきっぱりと否定している。帰国して撮影が始まると、監督はこの情報を真に受けたのか「恵子ちゃん大丈夫か? スキヤキでも食べに行くか?」と真顔で話しかけてきた。岸が「お金は降ってくるほどありますから」と笑顔で返すと、ようやく安心した表情を見せたという。
83年の「細雪」は岸、佐久間良子、吉永小百合、古手川祐子とそれぞれの世代を代表する美女が4姉妹を演じ、話題を呼んだ。だが、キャスティング当初、しっとりとした、しかも関西弁の長女は、横浜育ちでしゃきしゃきとしている岸とは真反対のキャラクターにみえた。自身もそぐわない気がしていた。
パリに来た電話に、すでに原作を読んでいた岸は「監督、ミスキャストのような気がしますけど」と正直な思いを明かした。主演予定の女優が乗り気にならないのに、監督にはまったく気にする様子がない。
「その通り、富士ちゃん(山本富士子)に頼んだんだけど、舞台があってだめだった。仕方ないからミスキャストを承知であんたにかけている。困っているんだよ」。
あっけらかんと「ミスキャスト」と口にする監督のおおらかさに、岸は思わず「はい」と承諾したという。結果は晩年の代表作として映画史に残った。後日、山本も「私がやりたかった」と悔しさを口にしたという。
大作といわれるものほど、その裏には「代役」騒動があり、表面化しなかったり、「ミスキャスト」が美辞麗句で覆われたりすることが多い。
岸の明るい口調から伝わってくる往年の映画界の開けっぴろげな雰囲気が気持ちよかった。【相原斎】



