ネット社会の効用のひとつに情報の共有化があることは言うまでもない。最先端の研究成果に世界中からアクセスでき、遠方の研究者がその応用方法をあみ出したり、さらなる先端技術をオンできる。研究が加速度的に前進する仕組みは、科学や技術革新に縁のない私にもイメージできる。
一昨年の「STAP(スタップ)細胞」騒動も、ならではの出来事といえるだろう。発表論文が称賛から疑惑の嵐にのまれるまでのあまりに高速度の「天国から地獄」は記憶に新しい。
映画「奇跡がくれた数式」(22日公開)が描くのは、そんな情報社会とは隔世の20世紀初めの実話だ。大陸間の移動はもっぱら船で、情報伝達の速度には数秒と数カ月の差がある。現代の当たり前がまさに奇跡だった時代である。
インドの貧しい青年と英国の大学教授。絶対交わるはずの無かった2つの知性の出会いは多くのドラマの末に実現している。
インドの青年を演じるのはデヴ・パテル(26)。「スラムドッグ$ミリオネア」(08年)「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」(13年)とおりおりの映画で少年から青年への成長過程をのぞかせてきたが、この作品では芯の強さと繊細さを併せ持った「天才」に満身の役作りを実感させる。
英国の大学教授はジェレミー・アイアンズ。研究一途の頑固な男だが、保守的、排他的な大学内の空気には反発する。辺地から来た異次元の才能を受け入れる許容力は、当時としてはまれなものだったろう。68歳になってもダンディなアイアンズの演技は深い。
教授が青年をケンブリッジ大学に呼び寄せ、彼の天才を曇りのない目で評価しながら共同研究を実らせていく映画の大筋には、現代につながる普遍のテーマが満載だ。偏見、差別、そして戦争…。だが、興味深いのはむしろ序盤。遠く離れた2つの知性はいかにして出会ったか、である。
貧しい青年には数字に対する天性の感覚があり、英国人が経営する貿易会社に会計係の職を得る。母親と結婚したばかりの妻を養うのが優先だったが、手に入れることのできる数少ない文献を元に打ち立てた「数学的理論」には、実は世界的発見が秘められていた。
第一の奇跡は、そもそも彼に仕事を紹介したインド人の上司に、数学に対する一定の理解があったことである。そして第二の奇跡は、当時の標準的偏見の持ち主でもあった貿易会社の英国人代表に、青年の理論を記した手紙を知人を通じてケンブリッジ大学に転送してやろうという好奇心があったことである。
青年がつかれたように地面に数式を連ねるシーンは、あふれる才能を印象付ける。母や妻、インド人上司や英国人代表との行きつ戻りつのやりとりは、一筋縄ではいかない渡英までに「奇跡」の重さを実感させる。一方、手紙を読んだ教授はその圧倒的な理論に驚かされるが、「インドの消印」はまるでジョークだった。最初は同僚のイタズラと思いこむ。
出来のいいラブストーリーのように出会いまでにはさまざまな行き違いがちりばめられていて、結果は分かっていてもハラハラさせられる。マシュー・ブラウン監督は、これが長編2作目とは思えないほど手際がいい。
インドの「神秘的数学力」という点では映画「めぐり逢わせのお弁当」(14年)が記憶に残っている。インドの都市部では夫の出勤後に、妻の弁当をその職場まで配達してもらうのが一般的で、映画はそのシステムにまつわる恋愛模様を描いている。
考えてみれば、このシステムには高度な計算能力が必要なはずである。不規則に散らばった家庭から、複数の鉄道やトラック輸送を経て、これまた不規則に散らばったそれぞれの職場にピンポイントで弁当を配達しなければならないのだ。
先端技術を駆使する日本の集散システムなら当たり前かもしれないが、インドの場合はコンピューターはいっさい使用せず、大人数とはいえ人力だけでこれを成し遂げている。米ハーバード大学の研究によると誤配確率は600万分の1という。ここにもコンピューターを人力でしのぐインドの奇跡がある。子どもたちが2桁の掛け算を九九のようにそらんじている国ならではなのかもしれない。
その才能の一端が、奇跡の積み重ねで欧米の先進社会にすくい上げられ、インパクトを与える一世紀前のエピソードには、何度思い返しても痺れるものがある。
最後になったが、後に数学者として名を残すインド人青年はシュリニヴァーサ・ラマヌジャン(1887~1920年)。大学教授はG・H・ハーディ(1877~1947年)である。【相原斎】



