女優の鈴木砂羽(44)が主演・初演出した舞台「結婚の条件」が、女優2人が鈴木から「人道にもとる数々の行為を受けた」として降板したこともあって、話題を呼んだ。

 降板女優らの主張によると、別の仕事のために稽古場を早めに退出しようとした際、鈴木から「2回通し稽古をしたかったのにできなかった」と罵倒され、「共演者の方にも土下座するように促され、頭を下げました」という。一方、鈴木は「土下座をさせたことも、罵倒したこともない」と否定している。

 演出家の罵声と言えば、すぐに思い浮かぶのは、蜷川幸雄氏と、つかこうへい氏だ。蜷川氏は俳優を「バカ!」「マヌケ!」と怒鳴り、灰皿を投げつけた。稽古場での厳しい演出ぶりに、蜷川氏イコール灰皿を投げる、というイメージが定着したほどだ。

 19歳の時に蜷川氏の舞台で主役に起用された寺島しのぶは、灰皿とスリッパと罵声が飛ぶ、容赦ない「洗礼」を受けた。「おまえはブスだから、誰もが黙る演技を身に付けろ」とも言われた。

 しかし、蜷川氏が亡くなった時のコメントでは「私も生意気だったから、突っかかっていったこと。要求の芝居に答えられず『おまえなんか死んじゃえ』と言いながら目の前で胃薬飲まれたこと」と振り返り、「感謝しかないです。思いっきり、本音が言い合える人が、またいなくなってしまった。でも頂いた言葉は、私の細胞に植え込んであります」としのんだ。

 つか氏も「役者がウケてんじゃねぇ、オレがウケてんだ!」が口癖で、役者たちには人格否定の罵声を浴びせかけた。「熱海殺人事件」「蒲田行進曲」など数多くのつか作品に出演した風間杜夫は「人の罵倒の仕方は天才的だった」と言い、芝居がうまくできないと、人間としてどうのとか、生き方がダメだとか、立ち直れなくなるまでけなされたという。「なぜ、この人にここまで言われるんだろう」と思う一方で、「俳優をその気にさせるのがうまかった」とも言う。

 人格を否定するような罵声は、今では「パワハラ」とか言われそうだが、蜷川氏や、つか氏の厳しい演出の裏には優しさがあり、確かな信頼関係があった。

 今回の騒動にはそういう信頼関係がなく、鈴木の力不足と、初日2日前に降板した2女優の責任感の欠如しか見えてこない。あまりにお粗末な騒動だった。【林尚之】