作家の津本陽さんが5月26日、亡くなった。

 津本さんといえば、故郷和歌山を舞台にした「深重の海」で直木賞を受賞。織田信長を題材にした「下天は夢か」など多くの歴史小説で知られた。22年前のことになるが、日刊スポーツ紙上で半年間にわたって連載小説を書いていただいたことがある。

 7世紀から8世紀にかけて、中国史上唯一の女帝となった則天武后を題材にした「薔薇と稲妻」で、連載終了後には「則天武后」のタイトルで幻冬舎から出版された。

 津本さんにとっても海外の題材は初めてで、担当者として中国の取材旅行に同行した。当時66歳。すでに「歴史小説の第一人者」と呼ばれる存在だったが、西安、洛陽など1800キロにまたがる行程を精力的に回った。

 陳建功氏ら現代中国を代表する作家たちとの懇談では、晩年も盛んだったと言われる武后の男性関係を巡る話に花が咲いた。おおらかな人で、津本さんの歴史的シモネタに同席者は心の底から笑った。

 剣道三段、がっしりと長身の津本さんは移動のマイクロバスでは、間近な前席の背もたれに押されて大股開きの姿勢。苦にするどころか、自ら笑いのネタにしていた。

 何本もの連載に追われ、毎夜ホテル到着と同時にファクスで原稿を送るのも日課だった。移動中に執筆を余儀なくされた日もあり、汽車でトンネルに差し掛かったときは、蒸気機関車の煙が吹き込んで、顔も原稿用紙も真っ黒になるコントのようなひと幕もあった。

 当時から奥さまとは優雅な海外旅行を何度も楽しんでいると話されていたが、同行者の気配りがかなり足りなかった中国旅行は、別の意味で「いい経験」と思われたようだ。その後も出版関係のパーティーなどでお会いすると、いつも笑顔で接してくださった。

 作家としては、緻密な歴史的考察や剣豪心理のきめ細かな描写で知られたが、素顔は人をそらさない楽しい人だった。手書きの原稿用紙の豪快な文字と、こぼれるような笑顔が忘れられない。