第31回東京国際映画祭のプロジェクトとして製作されたオムニバス映画「アジア三面鏡2018:Journey」が現在、東京・新宿ピカデリーで上映されている。その3本のうちの1本「碧朱(へきしゅ)」を手がけた松永大司監督(44)が、ニッカンスポーツコムの取材に応じた。ミャンマーを舞台に、NHK連続テレビ小説「まんぷく」に出演中の長谷川博己(41)が主演した作品は、長谷川以外のキャストは、ほぼ現地の民間人を起用するなど、日本での製作の常識を越えた異色の作品になった。その裏側に迫った。

 

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「アジア三面鏡」は、日本を含むアジアの気鋭の監督3人が、1つのテーマを元にオムニバス映画を共同製作する企画だ。「-Journey」は、「旅」をテーマに松永監督と中国のデグナー監督、インドネシアのエドウィン監督が話し合い、中国、ミャンマー、日本での旅を通じて普遍的な親子や夫婦の関係、自分自身が信じてきたものに対する気付きや変化を描いた。

「碧朱」は、古い町並みが残る一方で民主化と経済発展が進むミャンマーのヤンゴンが舞台。日本から派遣され、市内を走る環状列車の整備事業に携わる商社マン・鈴木(長谷川)は、同じ列車に乗り合わせた男に、自分が環状線の速度を倍加する仕事をしていると話したところ「なぜ速度を上げる必要があるのか」と問われ、自らの仕事の意義や、進歩や発展の一方で失われていく大切なものについて考える物語。撮影は今春、ミャンマーで行われた。

-製作のきっかけは?

松永監督 色、暑さとか日本にないものがありそうなミャンマー、カンボジア、ラオス、ベトナム…そのどこかで撮ってみたいと思いました。4カ国を回っても良いという話だったので、現地で働く方とスカイプでミーティングさせていただき、民主化になって変革期だと聞き、面白そうだったミャンマーに最初に行きました。1人で10日間くらい…移動劇団を見に行って、田舎に行って、日本人が行ったことのないような場所も行きましたが、テーマは面白そうだけど撮影は困難だと思いました。

-環状列車を題材にした理由は?

松永監督 空いている時間で各地を回ろうと思った時、環状列車に乗ってみたら、時速20キロで走る中、窓もドアもなくて、その中に人の生活が全部ある。これは、すごいなぁ…と思って、コトコト、コトコトと何周も、何周も回っていたんですよ。ちょうど、関わっているという丸紅の方を紹介してもらい、いろいろ聞いたら「数年後には時速40キロになるんです」と言うんです。「何で、そんなことをするんですか?」と聞いたら「彼らの生活を良くしていくためです」と。

-そこに疑問を感じた?

松永監督 1周に3時間かかるのが、1時間半になるわけで、それは確かに(便利になる)と思ったんですけど…。ホームに柵を作るらしいんですけど、そこがマーケットになっていて、線路の本当に至近でやっているんです。「売っているあの人たちは、どうするんですか?」と聞いたら「あそこには、いられなくなります」と。電車が走り終わると、線路をまたいで歩く人もいるんですが、そういうのもなくなると。

-テーマに沿った具体案が湧いた

松永監督 先進国から来た人たちは、もっと速い方が良い、エアコンがあった方がいい、温水洗浄便座から離れられないなど、提言があるんでしょうけど…。村に行ったら、すごく豊かだったり、子どもたちが大人と道端でサッカーをやって遊んだり、今の日本では見ない景色がありました。環状列車に乗っている人は、その生活が当たり前で、それ以上でもそれ以下でもないわけですよ。進化と喪失は、絶対に切り離せないものだと思いました。ミャンマーに住んでいない僕が、その是非を問うことは出来ないけれども、自分がドキュメンタリー出身ということもあって、出来るだけ客観的にこの事実を、日本人の駐在員の目、背中を通して描き、現代社会は進化していいことと、失うものの両方があることを、ふと立ち止まって考える題材になればいいと思いました。

-長谷川の演技は駐在員そのもののように生々しい

松永監督 長谷川さんは今回、踏み込んでくれました。演じた鈴木は、基本的にはミャンマーを良くするために来ている中、地元民からいろいろなことを言われる、基本的には受け身の役どころです。撮影前は「役作りをなるべくしないで、ミャンマーに入ってご自身、パッと感じたものを演じて欲しい」とお願いしました。「電車を見て良い景色だなと思ったり、街のパワーがすごいな、と思ったことを、素直に感動してもらえたらいいです」という話をしました。すごく瞬発力が要求される。ある意味、1番、難しい要求をしましたが「役作りをなるべくしないで行きます」と言って、すごく集中してやってくれましたね。「新鮮だ」とも言ってくれました。

-共演者も自然な感じだったが…役者か?

松永監督 ヒロインのスースーを演じたナンダーミャッアウンは、映画と演劇の演出を学ぶヤンゴンの大学生。美大に探しに行って、いいなと思った子をオーディションで決めた、完全な素人です。お母さん役とマーケットでしゃべるおばさんは役者ですけど、ほとんどのキャストが素人です。鈴木の同僚役の日本人男性も、元丸紅の駐在員なんです。撮影の数カ月前に辞めて現地に住んでいて、あの人も芝居したことはないんです。ビルマ語も少ししゃべることが出来て。最初、シナリオハンティングに行った時に出会って「彼、いいなぁ」と思っていました。

-長谷川の反応は?

松永監督 長谷川さんに「えっ、僕以外、ほとんど素人ですか?」と言われて「そうです」と…。僕は生々しい人が好きなんですよね。(クランクアップ後は)「やって良かった」と言ってもらえました。なかなか体験できる座組でもないですし、半ばドキュメンタリー的に撮りましたので。

-長谷川はNHK連続テレビ小説「まんぷく」に出演中。スケジュールは?

今年3月から4月でした。ちょうど朝ドラの撮影が始まる前でした。すごく良かったですが、非常に暑かったです。

次回は異色の作品作りに挑戦した松永監督が、海外で映画を製作する意義と日本映画界に思うところを語る。【村上幸将】

 

◆「アジア三面鏡」 東京国際映画祭が国際交流基金アジアセンターとの共同事業として始めた。16年に第1弾として「アジアで共に生きる」をテーマに「アジア三面鏡2016:リフレクションズ」が製作され、行定勲監督が手がけた「鳩 Pigeon」は8月4日に亡くなった津川雅彦さん(享年78)の映画としての遺作となった。