宍戸錠さん死去 こぶ顔作り悪役極めた「エース」

  • 「三つの竜の刺青」ロケで銃を構える宍戸錠さん(左)。右は笹森礼子、中央奥は葉山良二=1961年4月10日 
  • 宍戸錠さん(左)と夏目雅子さん=1977年7月9日

映画「渡り鳥」シリーズ「拳銃無頼帖」シリーズなど、数々のシリーズもの映画で人気を博した俳優宍戸錠さんが東京都世田谷区の自宅で亡くなったことが21日、分かった。86歳だった。

大阪府出身。日活ニューフェースの1期生として映画デビューし、若手を多用した同社のアクション映画路線で、小林旭らとともに主力で活躍。主に悪役として欠かせない存在となり、「エースのジョー」と呼ばれて親しまれた。

 

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ある時はライフルを構えた殺し屋役。またある時は無骨な用心棒。悪役として、主役を絶妙に引き立てる数々のハードボイルド作品に出演した宍戸さんが、逝(い)った。

日大芸術学部在学中の54年、日活の若手発掘プロジェクト「日活ニューフェイス」の1期生に合格し、俳優への道を歩み始めた。60年には「渡り鳥 いつまた帰る」「拳銃無頼帖 抜き射ちの竜」など、宍戸の代名詞ともなる人気シリーズをはじめ、年間12本の出演映画が公開された。

看板スターだった石原裕次郎の骨折離脱により、61年の「ろくでなし稼業」では当初予定の脇役から主演に大抜てきされた。その実績が認められ、日活の主力スター路線「ダイヤモンドライン」に加入し、スターの仲間入りを果たした。西部劇好きで、ガンマンのスタイルを研究し、自らの殺し屋スタイルを確立した。

デビュー当初は二枚目路線だったが、「渡り鳥」シリーズでは主演の小林旭の敵役がはまり、徐々に悪役路線へ転向した。悪役にはこだわりがあった。顔をいかつく見せるため、両ほおに液状物質を注入した。「こぶ顔」は口ひげとともに宍戸さんの長年のトレードマークだったが、01年に摘出手術を受けて話題になった。

子だくさん家族に生まれ、両親から「子づくりに錠をかける」という意味で「錠」と名付けられた。私生活では、日活の女優だった游子さん(10年に死別)と結婚。長女のエッセイスト紫しえ、長男開をもうけた。結婚当初は「子供が生まれて大きくなったとき、オヤジの俺と共演できるような、息の長い役者でいたい」と夢を掲げ、91年にはNHK連続テレビ小説「君の名は」で開と父子共演を果たした。

映画業界の低迷期には、テレビでも活躍した。日本テレビ系「なんでもやりまショー」、「巨泉×前武ゲバゲバ90分!」など、バラエティー番組にも出演。フジテレビ系「食いしん坊! 万才」の4代目リポーターも務めた。

06年には虚血性心不全と診断されて入院し、手術を受けた。13年には、1人暮らししていた都内の自宅が、火事で全焼する被害に遭っていた。