【大谷昭宏】よみがえった半世紀前の署名記事 人生の師がまた去って行く
張本勲さんが亡くなったと聞いて、私の中に読売大阪社会部時代の上司、故黒田清さんが書いた1本の署名記事が鮮明によみがえってきた。半世紀前、1976年4月の広島-巨人戦。試合中の判定をめぐる…[続きを読む]
元読売新聞記者で、87年に退社後、ジャーナリストとして活動する大谷昭宏氏は、鋭くも柔らかみ、温かみのある切り口、目線で取材を重ねている。日刊スポーツ紙面には、00年10月6日から「NIKKAN熱血サイト」メンバーとして初登場。02年11月6日~03年9月24日まで「大谷昭宏ニッポン社会学」としてコラムを執筆。現在、連載中の本コラムは03年10月7日にスタート。悲惨な事件から、体制への憤りも率直につづり、読者の心をとらえ続けている。
張本勲さんが亡くなったと聞いて、私の中に読売大阪社会部時代の上司、故黒田清さんが書いた1本の署名記事が鮮明によみがえってきた。半世紀前、1976年4月の広島-巨人戦。試合中の判定をめぐる…[続きを読む]
8月は6日、9日、15日-。なにかと戦争を思い起こさせる8月が去って行った。そんななか、10日の朝日新聞。保阪正康さんの連載「継昭開来」の言葉が、いまもキリを刺し込まれたように心に残って…[続きを読む]
あでやかな浴衣に編み笠、げたの音。お盆の夜、テレビが映す私の新聞記者としての最初の赴任地、徳島の阿波おどりに、ふと「娯茶平連」などの有名連とともに「桐々(きりきり)舞い」という名の連を思…[続きを読む]
私の上司だった故黒田清さんは「戦争に季節はないが、夏になると戦争を思い出す」と語っていた。その夏に「原爆資料館語り継ぐものたち」が公開されている。私が、かつて一緒に仕事をした広島ホームテ…[続きを読む]
こんな法律、会期を延長してまで通して何になると、酷暑の最中、市民から冷ややかな目で見られていた今国会。そんななか冤罪(えんざい)被害者だけでなく、国民的関心を呼んでいた再審法改正案は先日…[続きを読む]
◆大谷昭宏(おおたに・あきひろ)1945年(昭20)東京都生まれ。早大卒業後、読売新聞大阪本社入社。徳島支局、大阪本社社会部。大阪府警担当時には「グリコ・森永事件」を取材。その後、朝刊社会面コラム「窓」担当。87年、同社退社。読売時代の先輩の故黒田清氏とともに黒田ジャーナルを設立。現在は個人事務所でジャーナリズム活動をする。主な著書に「日本警察の正体」「グリコ・森永事件 最重要参考人M」など。
