顧問や監督によるパワハラや虐待が続々と明るみに出ている学校の部活動。部活動は教師の休日出勤や長時間労働にもつながるため、働き方改革の面でも問題をはらんでいる。


聖学院中学校・高等学校の部活改革とは? 写真はグラウンドに集まる聖学院サッカー部の生徒たち
聖学院中学校・高等学校の部活改革とは? 写真はグラウンドに集まる聖学院サッカー部の生徒たち

「土日は練習試合や公式戦でほぼ潰れる」という先生

都内のある私立中高では長年勤めた教員の退職が迫る中、その教員が担当してきた高校野球部顧問の引き継ぎ手探しが難航していた。

「土日は練習試合や公式戦でほぼ潰れます。(外部団体とのやりとりなど)書類も多いため、授業の準備や学校経営と並行して行うには負担がかかりすぎるんです」と、この学校に勤める教員は漏らす。

こうした部活動の負担は長年、暗黙の了解のように扱われてきた。私立学校の場合は休みの日の出勤には休日出勤手当がつくものの、休みはなくなる。活発な部活動の顧問になれば、盆と正月以外は休みが取れないという状況にもなりかねない。

家庭のある教員ならば、家族との時間を犠牲にせざるをえなくなる。「最近は、顧問を引き受けたがらない先生のほうが多いです」と、前出の教員は話す。

顧問の責任の重さも、引き受け手が減る原因となっている。部活動を行う夕方の時間は職員会議が入ることもあり、顧問が活動に立ち合うことができないこともある。そんな中、部活動中に起きた不慮の事故が原因で、生徒が死亡した事件も。裁判で学校と顧問教諭の監督責任が問われ、学校の設置責任者や顧問に対して過失責任があったという判決が出たケースもある。

「通常業務に重ねて部活動の顧問をするのは、あまりにも責任と負担が重すぎます」

教師のやる気だけに頼るには、あまりにも荷が重い。そんな中、学校でもさまざまな取り組みが始まっている。


「子どもたちのため」という誘惑

2020年度から一部の部活動で外部指導員制度の導入を始めたのは、東京都にある聖学院中学校・高等学校だ。スポーツスクールなどを運営する会社と契約を結び、指導員を派遣してもらうことを始めた。

現在、この会社に指導員派遣を頼んでいるのは高校サッカー部と中高卓球部。サッカー部の場合、初年度は日本サッカー協会A級コーチライセンスを保持する元Jリーガーの指導員が派遣された。

これまで長年、同部の顧問を務めてきた 髙橋孝介教諭は「自分たちが教えるよりも、生徒のためになっていると思います」と語る。しかし、外部指導員をお願いするには費用もかかる。この取り組みを始める前には失敗もあったという。

同校が部活動のいわゆる外注を考えたのは、顧問の引き受け手不足からだった。一般の会社と同様に、教育の世界でも団塊の世代が退職の時期を迎え、長年熱心に部活動を行ってきた教員が次々と退職している。部活動をいらないものと思う教員は少ないが、いざ自分が担えるかと言えば、二の足を踏む人が多かった。「改革が必要だと感じました」と話すのは、同校総務統括部長(教頭)の日野田昌士教諭だ。


同校の取り組みを説明する日野田教諭(右)と髙橋教諭(左)
同校の取り組みを説明する日野田教諭(右)と髙橋教諭(左)

日野田教諭は前出の髙橋教諭と共に20年ほど中学と高校それぞれのサッカー部で顧問を務めているが、中学サッカー部の場合、毎週末に練習試合を入れていた。

公式な試合は年に4回から5回ほど。その間に練習試合を組むのだが、練習試合を隔週にした場合、その日が雨だと場合によってはまったく練習試合のない月ができてしまう。慌ててほかの日に練習試合を組もうとすれば、対戦相手探しからもう一度始めなくてはならない。すべての週で練習試合を組んでおけば、こうした場合の保険にもなる。

だが、全部が晴れることもある。試しにある年の手帳を見ると、部活動のために休日出勤したのは年間28回で、GWもすべて試合を入れていた。

両教諭はこれが当たり前だと思っていたという。GWなどはむしろ「めっちゃサッカーができる! 生徒のためにやってあげなければ……」と思っていた。しかし、ふと振り返ってみると、自分が辞めたときにこれを引き継ぐ教員がいるだろうかという思いが湧き上がった。

自分たちは、「子どもたちのために」という思いでやってきた。だが、自分が退職したときに、引き取り手がいないとなれば、継続が難しくなるということを、ほかの部の状況を見て感じたのだ。


週の労働時間が40時間をはるかに超過

こうした中で2018年、同校の教員にアンケート調査を実施。結果、多くの教員が部活動顧問について負担感を抱いていることがわかった。社会的にサービス残業や過労による自殺が問題視されたこともあり、学校現場にも労働基準監督署の立ち入り調査が入り始めていた。部活動顧問の問題は、労務上の問題としても考える時期を迎えていた。

公立学校の場合、教員は公務員にあたるため、異なる基準となるのだが、私立の場合の法定労働時間は週40時間。繁忙期などを鑑みて、月単位や年単位で残業を考慮に入れる変形労働にしても47.5時間とされている。

試しに勤続10年以上、都内のある私立学校教員のケースを見てみると、朝8時に出勤し、15時50分に帰りの会が終了、16時から18時に部活動の指導をし、その後18時からは校内の会議に出席、帰宅したのは19時過ぎとなっていた。

ランチタイムを1時間省いたとしても、1日10時間労働。この日は朝練がなかったので、この時間で収まったが、これが日常だとすれば、週40時間をはるかに超えてしまう。私立学校の場合は週に1日、調整日を設けて休めるようにしているが、祝日や日曜日に部活動で出勤した場合の代休は取れない。

特に、習熟度別の授業を展開する学校では代休を取るのは難しくなる。ホームルームのクラス単位で授業を受ける従来方式ならば、代休を取った教員の分を別の教員の授業と入れ替えるだけですむ。

だが、習熟度別授業はホームルームのクラスを解体し、習熟度別に分かれて授業が行われるため、1人の教員が休めば、学年全体のスケジュールを移動しなければならない。子どもの教育面で見た場合は個々にあったペースで学習を進められる利点が大きいのだが、教員側の労働条件でみると、代休が取りにくいというのはデメリットだ。


当初は“日替わりコーチ”のバラバラ指導に…

聖学院中学校・高等学校も習熟度別授業を取り入れている学校のため、代休は取りにくい。本来、教員が力を注ぐべきは授業のはず。部活動に時間を取られ、教科学習の準備時間が十分にとれないというのは学校運営側としても本意ではないだろう。子どものためにもならない。

そこで考えたのが、地域のスポーツ愛好者に部活動を手伝ってもらうという方法だった。

日野田教諭は卒業生や保護者などに声をかけ、サッカー経験者で練習を見てくれる人を募った。保護者などはボランティア指導員として入ってくれたが、それだけでは手が足らず、指導者マッチングサイトも検索、見つけたコーチには1回あたり2〜3時間で7500円の費用を支払うことで合意できた。

こうして、週1回の有料指導員に加え、保護者や地域のボランティア指導員でローテーションを組んだ。こうした取り組みは、同校のほかの部活動でも導入されていた。学校からの援助金年間36万円を有料指導員の費用として充てることで賄った。

結果、顧問がいなくても、大人の目のある状態で練習はできるようになったのだが、担当により指導法がバラバラに。ある指導者は、練習前に全員を集合させて、今日やるトレーニングについて説明するが、ある指導者は、何の説明もなく子どもたちに自由に練習をさせていた。

「この先生のときは集合してからだったかな?」生徒たちは“日替わりコーチ”のバラバラ指導に翻弄(ほんろう)されてしまう。こうして、一貫した指導が受けられなくなったチームは教員が顧問を務めていたときよりもまとまりのないチームになってしまったのだと言う。「指導員同士の連携の重要性を感じました」(日野田教諭)。

そこで考えたのが、スポーツクラブなど、地域でスポーツ活動を担う会社から指導員を派遣してもらうことだった。HPでそれらしい会社を探して片っ端から電話をしたが、予算が合わずに引き受け手が見つからない。お金をどう捻出するか。理事会にも掛け合う必要がある。

休日手当を指導員費に充てる

教員に取ったアンケートを基に、学校が手当を払うべき休日出勤日を調べたところ、教員全員分を合計すると年間で延べ約400回となった。労基法上、休日出勤は標準給与の1.35倍の支払いが必要なため、日当はおよそ2万円。つまり、年間で約800万円を払う必要がある。

日野田教諭はこの予算を外部委託費に充てることができないかと、理事会に掛け合った。導入に対して慎重な意見も見られたが、まずは、動かしてみることが決まり、部活指導の外部委託が2020年度からサッカー部と卓球部で試験的に始まった。

準備を進めていたところでコロナ禍に突入したため、取り組みは2020年夏から始めた。初年度は費用を学校がすべて負担し導入、翌年度からはその部活に所属する子の家庭から月5000円を指導員費として徴収することにした。

徴収に対しては保護者側からいろいろな意見もあったが、丁寧に説明することで一定の理解を得た。指導してくれるのは元Jリーガーなどサッカー指導のプロだ。サッカーの指導だけにとどまらず、部室をきれいに保つなど、ほかの面での指導も一流だった。

プロの指導者から指導を受けたことで、生徒のやる気が上がったのはもちろん、ユニホームを自分で洗うようになるなど、自宅での振る舞いにも変化が表れたことで、保護者の意見も変わっていった。指導員の制度を導入後はじめて迎えた夏、7試合の練習試合を行うと5勝2敗と勝率も上がった。「まずは、2つの部で検証し、徐々にほかの部活もこの態勢に切り替えていこうと考えています」(日野田教諭)。

保護者の金銭的な負担があるという面は拭えない。だが、学校によっては、そのスポーツをさして知らない顧問が担当となり、指導されているケースもある。

部活動顧問の行きすぎた指導や、虐待などがニュースになる中、この取り組みは一定程度その抑止にもつながる。会社を通して派遣してもらうため、不適切な指導をすれば、会社側にコーチ交代を要請することができるからだ。つまり、監督の「部活王国化」を防ぐことにもつながるというわけだ。「子どものため」というマジックワードに隠された部活動を取り巻く不可解さ、この是正につながることも期待したい。

【宮本 さおり : フリーランス記者】