中国で江沢民指導部の「鉄腕宰相」として経済の改革・開放政策を強力に推進し、世界貿易機関(WTO)加盟実現にも尽力した朱鎔基元首相が12日、病気のため北京市で死去した。97歳だった。国営通信新華社が伝えた。朱氏が遂行した構造改革は、21世紀に入ってからの中国の高度経済成長に道筋を付けたと国内外で評価されている。

湖南省長沙出身。清華大を1951年に卒業後、国家計画委員会などで生産計画指導を担当。知識人が多数弾圧を受けた57年からの反右派闘争で批判され、文化大革命期の70~75年には地方で農作業などに従事した。

文革終了後の78年に名誉回復。経済運営や産業政策を担当する国家経済委員会で幹部ポストを歴任し、当時の最高実力者、故■小平氏から「経済が分かる」と高い評価を受けた。

98年3月の全国人民代表大会(全人代=国会)で首相に選出され、国有企業と金融システム、行政機構の「三大改革」に取り組んだ。2001年には中国のWTO加盟も実現させた。党・政府の12日の訃告は、市場原理を導入する「社会主義市場経済」や対外開放を推進したとたたえた。

改革推進は多くの失業者が出る痛みも伴った。ただ特権階級の反発に屈しない強い姿勢と清廉さへの評価は今も高い。

00年10月に日本を公式訪問し、森喜朗首相(当時)と未来志向の日中関係構築で一致。テレビ番組にも出演して市民と対話、「怖い顔でたくさん損をした」などとユーモアと機知に富んだ発言が日本で好感を呼んだ。

03年3月に首相退任後は公式行事への出席はほとんどなかったが、12年11月の第18回党大会と17年10月の第19回党大会に出席し注目を集めた。22年10月の第20回党大会には姿を見せなかった。

経済企画庁長官を務めた故宮崎勇氏を送る会が16年3月に東京都内で開かれた際には「得難い、良き友人だった」との弔辞を寄せていた。(共同)

※■は登るの右に郊のツクリ