積み重ねた歴史が、悲願成就を導く-。日本競馬界のレジェンド武豊騎手(57)が、メイショウタバル(牡5、石橋)で自身12度目の凱旋門賞(G1、芝2400メートル、10月4日=パリロンシャン)に臨む。過去の敗戦も糧に、いざ栄光へ。武豊騎手自身がこれまでの凱旋門賞騎乗を振り返る全6回連載の第4回は、08年メイショウサムソン(10着)。【取材・構成=下村琴葉】
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06年の2冠馬メイショウサムソンは、翌07年の凱旋門賞に挑戦する予定だった。その07年の宝塚記念までは騎手時代の石橋師が手綱を取っていたが、フランス遠征を見据え、凱旋門賞では武豊騎手が騎乗することが決まっていた。
しかし、同年夏に馬インフルエンザが流行。輸出検疫中にメイショウサムソン自身の感染も判明し、この年は自重することとなった。
再挑戦した翌08年の凱旋門賞は、ザルカヴァの10着に敗れた。武豊騎手はこう振り返る。
「前の年に馬インフルで出られなかったのが痛かった。サムソンが一番いい時に出られなかった。レースも難しいレースになったからね」
馬がベストな状態の時にレースに挑むというのは、決して簡単なことではない。
今回、武豊騎手×冠名メイショウの凱旋門賞挑戦はサムソンの時以来となる。そのサムソンの主戦を務めていた石橋師がタバルを管理しているということにも深い縁を感じる。(つづく)

