9月28日に初出走にして初勝利を挙げた飯沼章調教師(50)。厩務員だった師が20年3月に調教師補佐、25年11月に調教師に合格するまでモチベーションにしてきたのは「ミスタールドルフを負かすぐらいの馬を作らないと」。93年のダービーグランプリを制した金沢の名馬の影を追い、調教師を目指していたという。
「父の最高傑作でしたから」。ミスタールドルフは93年4月に飯沼三郎厩舎からデビュー。同年いっぱいで勇退した師の父が3歳まで管理した。その3歳時は14戦10勝。地元で他地区の強豪を迎え撃った11戦目のサラブレッドチャレンジCは高崎のヨシノキングに敗れて2着だったが、水沢に遠征した13戦目のダービーグランプリでヨシノキングにリベンジ。船橋のプレザントなど、各地のダービー優勝馬も向こうに回した。
その当時、すでに厩務員として働いていた師。ダービーグランプリは同日に金沢で出走馬がいて現地には行けなかったそうだが、サラブレッドチャレンジCはパドックで同馬の2人引きを手伝っていた。父の勇退後、しばらくして「どれぐらい自分がやれるのか」と船橋で厩務員に。もともと騎手を目指していたが、体が大きく断念したとあって調教を担当。「こちらに来て攻め馬ばかりというのもあれだなと思って」と調教師を目指すようになった。
初出走を迎えた師は「馬が幸せに暮らせるような環境作りをしたい。馬主体でやっていきたい」。父の最高傑作を超える存在との出会いを見据え、その第一歩を踏み出した。【牛山基康】





