母国を離れ、日本から目指すは東京五輪-。いま国内の各競技で、日本の競技力を頼りに力をつけ、夢舞台に立とうとする選手たちがいる。その代表格は体操で昨年10月の世界選手権種目別床運動で金メダルに輝いたカルロス・ユーロ(20)。フィリピンから16年に来日し、国際オリンピック委員会(IOC)と日本オリンピック委員会(JOC)の共同支援事業の援助も受け、躍進著しい。来日のきっかけ、日常を聞いた。

■漫画で語学習得

床運動で躍動するユーロ
床運動で躍動するユーロ

「日本は寒いです、やっぱり」。ユーロに会ったのは寒風強い2月上旬のこと。通学する八王子市内の帝京短期大は冬の嵐のような強風に見舞われていたが、欠かさない陸上トレーニングをみっちり終えたところだった。東南アジア、フィリピンの首都マニラからやってきて4年。大好きな漫画「ナルト」「ハンター×ハンター」「アンパンマン」からも日本語を吸収し、大学の授業にも食らい付く。なにより、語学の習得より長足の進歩があったのは競技においてだった。

7歳の時、マニラの遊び場で後方宙返りを決める少年は、「体操」という競技を知らなかった。ブレークダンサーの父アンドリューさんのバネを受け継いだか、父の友人に勧められるままに体操教室に入門した。それまで練習場所は陸上競技場の中心の芝で、「ただ、跳ぶのが楽しかったんです」と懐かしむ。

ただ、すぐに結果が出たわけではない。才能を生かすには有能な指導者が必要だが、それは13歳の時。日本協会からの派遣事業で、今も固い師弟関係を築く釘宮宗大コーチがやってきた。「そこで正しい技術を初めて教えてもらった」。右か左か、適したひねりの方向も知らなかった。そして、それは逆だった。それまでほぼ皆無だったストレッチも開始。「厳しかった」という基礎練習の連続が、「7歳の遊び場」を「世界舞台」へつなげる道しるべになっていく。

■翻意のラーメン

釘宮コーチ(左)とユーロ
釘宮コーチ(左)とユーロ

さらなる転機は16歳。釘宮コーチの誘いで、日本に移住して競技に打ち込むことを決めた。転学した帝京高では最初、日本語も理解できず、釘宮コーチと共同生活を送る2DKの一室に引きこもる。深刻なホームシックに、来日1年弱の16年末、帰国の意志をいったんは固めた。ただ帰る直前に2人でラーメンをすする時に、「やっぱり、やる」と翻意。そこからはやらされる練習ではなく、自ら考える時間が増えた。一皮むけ、競技結果も世界の頂に急接近していった。

18年にはIOCとJOCの共同支援事業「オリンピックソリダリティー」の対象にも選ばれた。発展途上国の選手を日本に招待、強化する国際貢献事業で、年300万円の援助も得た。18年世界選手権では種目別床運動で銅。フィリピン初のメダルを獲得し、昨年はついに史上初の金メダルを手にした。乱れぬ着地の正確さは、世界でも秀でる。

いまや母国では1924年の五輪初参加以来、初の金メダルへの期待が高まる。昨年末に帰国した際には3日間テレビ番組や式典が続き、車中で寝るほど。CMにも出演する。体操不毛の地からやってきた少年は、今「金メダルを目指して頑張りたいです」と誓う。“ジャパニーズドリーム”は目の前にある。【阿部健吾】

◆カルロス・ユーロ 2000年2月16日、フィリピン・マニラ生まれ。7歳で体操を始め、同国協会のプログラムに参加。12年には短期で日本で練習するなどの後、13年に釘宮コーチに師事。16年に日本に拠点を移し、帝京高から帝京短期大に進学。18年世界選手権では床運動で体操競技でフィリピン初となる銅メダルを獲得した。150センチ。

◆IOCオリンピックソリダリティ

「IOCオリンピックソリダリティ」は、IOCとJOCによる支援事業で、ユーロが対象となるプログラムはその1つ。IOCに入る五輪放映権料やJOC予算が原資で、開催国に拠点を置き強化を支えるのは、東京五輪での新たな試みになる。

対象はIOCが「発展途上国」と定めた国で、競技団体の推薦などで対象選手が決まる。競技は陸上、体操、レスリング、卓球、柔道、ライフル射撃、アーチェリー、空手。JOCが学習環境もサポートできる受け入れ先の大学、高校などを探し、条件がそろえば派遣が決まる。現在は5競技で17カ国約20人の選手が日本に拠点を置き、練習に励んでいる。

期間は長期、短期、さらに指導者を対象にした派遣プログラムに分かれる。長期は最長3年までで、ユーロは18年1月1日~20年8月31日まで。選手により、期間はさまざま。短期は10日間~2週間程度となる。

<ビダン・カロキ>

<セバスチャン・サイズ>

IOCとJOCとの共同支援事業以外でも、日本で東京五輪を目指す異国の選手は少なくない。男子マラソンのケニア代表の補欠に入ったビダン・カロキ(29=DeNA)は中学までケニアで過ごし、高校は名門・世羅(広島)に進学。チームを全国制覇に導き、卒業後も日本の実業団で活躍。現在はチームが借りている都内のマンションに住み、そこが練習の拠点。男子プロバスケットボールのBリーグ、SR渋谷のセバスチャン・サイズ(26=スペイン)はリーグ戦で1試合平均20点以上をマークし、天皇杯ではチームを優勝に導くなどアピール。母国代表は昨秋のW杯を制した強豪だが、先日の欧州選手権予選で代表復帰。「五輪に出るのは、すべてのアスリートの夢」と語った。

<エルビスマル・ロドリゲス>

19年6月の全日本学生優勝大会で、東海大の12年ぶり制覇に貢献したロドリゲス(左)
19年6月の全日本学生優勝大会で、東海大の12年ぶり制覇に貢献したロドリゲス(左)

柔道女子70キロ級のエルビスマル・ロドリゲス(23=ベネズエラ)は、強豪東海大女子柔道部で稽古に励む。母国の政情不安が続く中、日本からの支援を受け、2度目の五輪で初のメダルを狙う。共同支援事業で17年9月に来日。04年アテネ五輪女子78キロ超級金メダルの塚田真希監督に指導を受け、日々鍛錬を積む。

172センチの長身を生かした懐の深さと瞬発力を兼備したパワーファイター。16年リオデジャネイロ五輪に出場し、主要国際大会のグランドスラム(GS)では6度表彰台に立つなど実績は十分だ。17、18年世界女王の新井千鶴とも幾度と対戦するなど世界トップレベルの柔道家に成長した。

しかし、母国の取り巻く環境は厳しい。チャベス政権の失政で経済は大混乱。兄はペルー、姉はチリに出稼ぎして両親を支え、不安を抱えながら東京五輪に臨む覚悟だ。来日して約2年半が経過するが、大学では片言の日本語で意思疎通し、明るい性格から「裏主将」と呼ばれる人気者。「この恵まれた環境に感謝。東京五輪では、必ずメダルを取ってベネズエラの人々に元気と笑顔を届けたい」。

23歳の柔道家は、競技発祥国でベネズエラ初となる悲願のメダル獲得を誓った。【峯岸佑樹】