【ナベQがゆく×工藤公康】モテモテナベちゃん+子ども人気工藤+清原=時代到来/中

元西武のレジェンド対談が実現しました。日刊スポーツ客員評論家の渡辺久信さん(60)が「ナベQがゆく」企画で、工藤公康さん(63)と対談。工藤さんが仕事の合間に農業に従事している山梨・北杜市郊外を訪問。現役時代以来となるキャッチボールも行い、昔話で盛り上がりました。1986年、古くからある価値観にとらわれない当時の若者たちを指した「新人類」が新語・流行語大賞を受賞。工藤さん、渡辺さん、清原和博さんの3人が受賞者に選出されたことが話題となりました。あれから40年…。西武黄金時代を築いた2人は今、なにを思うのでしょうか―。2028年には西武球団創設50周年となる節目。OBとして復活へ期待のエールを送るなど、2人が熱く語り合いました。

連載第2回です。

プロ野球

◆渡辺久信(わたなべ・ひさのぶ)1965年(昭40)8月2日生まれ、群馬県桐生市出身。前橋工から83年ドラフト1位指名で西武へ入団。最多勝3度、最高防御率1度、最多奪三振1度。96年6月11日のオリックス戦でノーヒットノーランを達成した。97年オフに戦力外通告を受け、野村克也監督の「再生工場」でヤクルトへ移籍。99年から台湾で選手兼任コーチを務め、01年に現役引退。04年に西武2軍投手コーチ、2軍監督を経て、08年から1軍監督に就任し、1年目に日本一。19年からGM、24年5月から監督代行を兼任。シーズン終了後に辞任、退団した。


◆工藤公康(くどう・きみやす)1963年(昭38)5月5日、愛知県生まれ。名古屋電気高(現愛工大名電)時代には夏の甲子園で長崎西相手にノーヒットノーランを達成するなどベスト4へ進出。1981年のドラフト会議で西武から6位指名を受けて入団。94年オフ、ダイエー(現ソフトバンク)へFA移籍し、その後、巨人、横浜(現DeNA)、西武と渡り歩いた。実働29年で現役通算224勝を挙げ、リーグ優勝14度、日本一11度の“優勝請負人”。MVP2度、最優秀防御率4度など数々のタイトルを獲得した。ソフトバンク監督7年間では、5度の日本一に輝き、投手起用など、すぐれた采配で勝利へ導き「短期決戦の鬼」と称された。監督通算勝利は978試合で558勝378敗42分け。趣味はDIYで、山梨・北杜市の小屋づくりは一から手がけた。家族は雅子夫人、2男、3女。

自身の別荘で渡辺久信さんとキャッチボールする工藤公康さん(撮影・千葉一成)

自身の別荘で渡辺久信さんとキャッチボールする工藤公康さん(撮影・千葉一成)

■雅子夫人からのリクエストに「了解」

工藤さんが「秘密基地」というコテージ風の小屋には、キャッチボールやノックができる人工芝を敷き詰めた庭がある。

渡辺さんが工藤さんの元を訪れるにあって、工藤さんの雅子夫人から、ひとつのリクエストがあった。

「キャッチボールしてもらいたい!」

奥さんなのか、工藤さんの意向なのか、分からなかった。渡辺さんに「グラブを持参してください」とメールを送ると、即座に「了解」の返答がきた。

気持ちはつながっていたのだろう。なにか深く理由を聞くこともなく、自然な流れだった。

「よしっ、やるか!」

工藤さんが声をかけると、2人は庭でキャッチボールを始めた。

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野球

平井勉Tsutomu Hirai

Kumamoto

1967年、熊本市生まれ。1990年に入社し、プロ野球の西武、ヤクルト、巨人などを担当。米ロサンゼルス支局時代には大リーグを担当し、野茂英雄、イチローらを取材した。
野球デスク、野球部長、経営企画本部長などをへて現職。著書「清原和博 夢をつらぬく情熱のバッター」(旺文社)「メジャーを揺るがす大魔神 佐々木主浩」(旺文社)がある。