サッカー界のスーパースター、リオネル・メッシ(39)が、今夏のW杯北中米大会の準優勝を最後にアルゼンチン代表からの引退を表明した。8月31日(日本時間1日)、SNSに自らしたためた手紙の写真を投稿し「今がその時だと理解している」と記した。父ホルヘさんの死去を受け、退く考えを強くした。一方で所属する米MLSマイアミとの契約は28年シーズン終了まで残っており、現役生活は続ける。
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代表引退を伝える手書きのメッセージは、W杯決勝(7月19日)の2日後に記したという。
「決勝戦から時間がたち、じっくりと考えた末に、代表チームを引退することを皆さんに伝えたいと思います…」「心が張り裂けそうな痛みを伴う決断だが、今がその時だと理解している」
激動の夏、39歳の背中を突き動かしたのは父だった。ホルヘさんが闘病している中、アルゼンチン代表の先頭に立ち、優勝を目指した。父の希望をかなえたい、喜ばせたい。その一心だった。だが約束はかなわず「この痛みは計り知れない」とコメントを出した。そして8月7日、父は68歳にして亡くなった。心にぽっかりと開いた大きな穴。「父に起きた出来事の後、僕は以前にも増して確信を深めた」と決意を固めた。
18歳だった2005年に代表デビューし、足かけ22年。「アルビレセステ(白と空色、代表チームの愛称)」に207試合125得点を刻んだ。06年ドイツ大会から史上最多となる6大会連続のW杯出場。1度の優勝、2度の準優勝。この間、史上最多8度のバロンドール受賞。時代背景が違えど王様ペレや神の子マラドーナ同様に、史上最高の選手とたたえられる。
今夏のW杯では8得点4アシスト。その妙技で世界中を熱狂させてきたメッシは「全てを出し尽くした。与えられるものはもう残っていない。それに、ここには素晴らしい若手選手たちが台頭してきており、彼らこそがこの場所にふさわしい」。振り返れば、決して平たんな道のりではなかった。所属したバルセロナでは次々と栄光を手にする一方、代表チームでは勝てず。16年にも一度、退く決断をしている。だからこそ「美しくも困難な旅路」と自らのキャリアを表現した。
「20年間、たくさんの愛情を注いでくれてありがとう」。誰よりも愛したアルゼンチン代表に「神の子」がついにピリオドを打った。
メッシの代表アラカルト
◆デビュー戦レッド 05年8月17日のハンガリー戦。後半途中から出場すると、出場からわずか1分ほどで相手選手に肘打ちして一発レッドで退場となった。
◆過去にも代表引退 16年の南米選手権決勝でチリに敗れ、自らもPK戦でキックを失敗。9年間で4度目の主要国際大会の決勝敗北に、代表引退を表明。その後に撤回した。
◆代表初優勝 21年7月の南米選手権でブラジルを1-0で下し、34歳にして初めて代表でタイトルを獲得。そして翌年のW杯カタール大会で悲願の世界一。
◆出場&得点とも2位 代表通算207試合125得点。どちらもポルトガル代表FWロナウド(233試合146得点)に次ぐ2番目。またW杯通算21得点はフランス代表FWエムバペの22得点に次ぐ2番目。
◆W杯最多6度出場 ロナウド、メキシコ代表GKオチョアと並び最多出場。メッシ含め3選手は06年ドイツ大会から6大会連続。
◆W杯最年長ハット 26年北中米大会1次リーグのアルジェリア戦で、38歳357日でハットトリックのW杯最年長記録を樹立。従来の記録は18年大会のロナウドで33歳130日。

