スポーツ界の先陣を切ってプロ野球が開幕した。今季、私は巨人のヘラルド・パーラ外野手を応援している。コロナ禍の影響などで経済が悪化した母国ベネズエラの貧困家庭に、米やチキンなど約40トンの食材を届けたという報道を見たからだ。メジャー時代からクリスマスに子供たちにプレゼントを贈るなど慈善活動に力を入れていたという。その話に感銘を受けたのだ。

米大リーグにはシーズンを通して最も社会に貢献した選手に贈られる『ロベルト・クレメンテ賞』がある。72年に3000本安打を達成したパイレーツのクレメンテ外野手が、その年の12月にニカラグア大地震の被災者救済のため、自らチャーターした飛行機で救援物資を現地に運ぶ途中、墜落して亡くなった。その崇高な精神と功績をたたえて創設された。

ナ・リーグ首位打者に4度輝いたクレメンテはプエルトリコ出身。死の直後にヒスパニック系で初めて野球殿堂入りした。同じ北中米出身のパーラもまた、伝説となった英雄の精神を受け継いでいた。「自分も貧しい家庭でいろんな人に協力してもらったり、助けてもらいながら育った。神様へ感謝するという意味もあります」。彼は自身のコメントを行動でも示した。

米国ではまるで競い合うようにスポーツ選手があらゆる社会貢献活動に取り組んでいる。それは非常時に限らず、ケタも違う。例えば元NBAのディケンベ・ムトンボは、約15億円を出資して母国コンゴ民主共和国の首都キンシャサに病院を建設した。あのマイケル・ジョーダンは17年、オーナーを務めるホーネッツの地元シャーロットの医療施設建設に700万ドル(約8億円)を寄付している。

日本でも95年の神戸淡路大震災以降、スポーツ界に社会貢献への意識が高まった。ただ当時はまだ選手個人が知名度と財力を社会貢献に生かす、そして、それを受け入れる土壌ができていなかったように思う。私が当時担当していた著名選手も多額の義援金を寄付したが、残念ながらその記事を書くことはできなかった。当人が公表を固く拒んだためだ。売名行為と受け取られる可能性や、他の選手からのねたみを気にしていた。実際に被災地を慰問したある選手は「売名行為やろ」とやじられた。

転機は11年の東日本大震災。スポーツができなくなった選手たちが一斉に被災地支援に乗り出した。ゴルフの石川遼はシーズンの賞金全額寄付を発表。マリナーズのイチローが義援金1億円を日本赤十字社に寄付したのをはじめ、多数の選手が寄付を公表した。その連鎖がスポーツ界の社会貢献の土壌をガラリと変えた。社会奉仕もスポーツの大きな役割であることが選手たちの心に、社会に定着したのである。

コロナ禍でもパーラをはじめ多くの選手が、さまざまな活動に取り組んでいる。五輪ジャンプ女子銅メダリストの高梨沙羅は感染症対策支援のために、試合で着用したサイン入りゴーグルなどをオークションに出品した。こうした活動はスポーツの価値を高めるとともに、スポーツが掛け替えのない文化であるという意識を社会に浸透させる。

ところで巨人のパーラは開幕から絶好調だ。3試合で9打数5安打2本塁打6打点。打率は5割5分6厘。もちろんメジャーで3割を打った実力者だが、きっと悪化した経済状況の中で生活している母国ベネズエラの人たちのことも、発奮材料になっているのではないか。東日本大震災で被災地を慰問したスポーツ選手の多くが「厳しい状況下で頑張っている被災者に、自分たちの方が力をもらいました」と語っていたことを思い出した。【首藤正徳】(敬称略)