中島清成(朝日新聞で筑紫哲也の先輩記者)

2005年橋田賞特別賞を受賞し、授賞式であいさつをする筑紫哲也さん
2005年橋田賞特別賞を受賞し、授賞式であいさつをする筑紫哲也さん

朝日新聞の駆け出し政治記者としての出会いから40年、先輩後輩の仲は続いた。後輩・筑紫哲也を初めてテレビキャスターとして世に出したのが先輩・中島清成である。テレビ朝日の「こちらデスク」。この番組は、テレビ界で最も権威があるとされるギャラクシー賞を受賞し、筑紫はキャスターとして揺るぎない地歩を固める。中島は筑紫から「朝日を辞めたい」と相談を受けた。間もなく「TBSの筑紫哲也」になった。新聞記者として、生涯真実を追い、ジャーナリズムを問い続けた彼だからこそ、20年近く不動のキャスターを続けられたのだと言う。番組でコメントした「――死んだ」を至高の発言と「筑紫哲也悼む」に書いている。(/_;)

<社会・2008年11月8日掲載>