ファン感謝祭で新鍋ら久光の選手からもらったサインユニホームを手にする松本君
ファン感謝祭で新鍋ら久光の選手からもらったサインユニホームを手にする松本君

バレーボール女子日本代表の新鍋理沙(29=久光製薬)が29日にオンラインで引退会見を行った。

そのころ、急性骨髄性白血病で闘病中の小学6年生、福岡に住む松本歩夢君(11)は必死に気持ちの整理をつけようとしていた。

抗がん剤治療がうまくいかず移植するか迷っていた時、大好きな新鍋の言葉が背中を押してくれた。もうコートに立つ姿を見られないのは寂しいが「闘病中に勇気と元気をもらい、また学校の友達と会うことができました」と感謝を惜しまない。

歩夢君は3人兄弟の次男で、水泳やサッカーなど体を動かすことが大好きだ。バレーボールが好きな母育美さん(40)に連れられ、久光製薬の試合をよく観戦した。

しかし、2018年3月下旬に白血病と診断されて以降、思うように運動ができないでいる。病名を告げられた時には「僕は死んじゃうの?」と医師に尋ねるほど不安になった。抗がん剤治療を始めたが、食事がのどを通らず吐いたり、起き上がることができないほど激しい頭痛に襲われた。

久光のホームゲームに駆け付けた松本君(左)らご家族
久光のホームゲームに駆け付けた松本君(左)らご家族

入院中にテレビで見ていた久光製薬の試合で、目に留まったのが新鍋だった。「いつもコートの上で笑顔を見せてくれて、サーブするときの構えが何かやってくれそうでかっこいい」。地元のバレーボールチームに入りたいと思った。

1年近くの闘病生活を乗り越えて一時は回復したものの、翌年3月に再発。同じ白血病と闘う競泳女子の池江璃花子(19=ルネサンス)も行った「造血幹細胞移植」を受けるかどうか、歩夢君は迷っていた。

抗がん剤治療に加えて移植となれば、当時10歳の体には大きな負担だった。

2度目の入院中に見た新鍋のインタビューが、転機となった。

18-19シーズンのチャンピオンを決める東レ・アローズ戦を前に「相手どうこうではなく、今は目の前の自分たちでやるべきことをやって、次に向けてしっかり準備していきます」と新鍋は口にした。

試合に向けた意気込みは、真新しい表現ではなくても、あこがれの選手が口にした言葉を自分の境遇と重ね合わせると、前向きになれた。

両親と相談して移植を決めた。

シーズン終了後のファン感謝祭で、育美さんは自身と息子が書いた感謝の手紙を新鍋に届けた。

ファン感謝祭で新鍋に送るため、松本君が書いた手紙
ファン感謝祭で新鍋に送るため、松本君が書いた手紙

白血病と闘う中で、プレーする姿にいかに元気づけられたかをつづった。後日、本人から「簡単に頑張ってとは言えないですけど、少しでも頑張ろうと思ってもらえるように、力になれるように頑張ります」とSNSを通じて返事があった。親子共に、うれし涙が止まらなかった。

移植を受けた歩夢君は、現在も2週間に1回、病院に通っている。再発の兆候は見られないが、白血病と向き合う日々は続く。

ネットニュースを見た母育美さんから新鍋の引退を聞いた時のことを「誰よりも頑張って練習している姿を知っていたので、本当にショックでした」と振り返る。

育美さんと2人で、29日の引退会見をみた。歩夢君は、新鍋の言葉1つ1つをかみしめていた。涙をこらえながら「もうこれで引退か~。本当に信じられない」。頭が真っ白になりながらも、必死に現実を受け止めようとしている。

来夏に延期となった東京オリンピック(五輪)のコートに立つ姿を見たかったが、第2の人生を歩む新鍋を応援したい。

本人によるバレーボール教室が開かれれば、得意のサーブレシーブを、ぜひ教わりたいという新たな目標もできた。

歩夢君は「新鍋選手のおかげで心が折れそうなとき、自分に負けない強さを持てました」。

受け取った勇気と元気を胸に、白血病の治療を続けるつもりだ。今度会ったときには直接お礼を言おうと決めている。

お疲れさま、ありがとう-、と。【バレーボール担当=平山連】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

2019年12月に開かれた福岡県久留米アリーナでの試合後、新鍋と写真を撮る松本君(左)
2019年12月に開かれた福岡県久留米アリーナでの試合後、新鍋と写真を撮る松本君(左)