【パリ25日=吉松忠弘】テニスの4大大会、全仏オープンが26日に開幕する。10度目の挑戦となる男子世界7位の錦織圭(29=日清食品)は、18年に続いて開幕日(日本時間午後6時開始の第2試合)に登場。同153位のカンタン・アリス(フランス)と対戦する。今年は攻撃的テニスに磨きをかけ、ダブルスにも挑戦し「最終目標」は来年の東京オリンピック(五輪)だという。錦織は大会開幕を前に、日刊スポーツの単独インタビューに応じ、胸の内を明かした。

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突然、不意を突く言葉が錦織の口から飛び出した。

「その後、引退なんで」

「その」とは、来年の東京五輪のことを指していた。突拍子もない返答に「本当?」と問いただすと、いたずらっ子のように目をくりくりさせた。

「うそです」

そういうことを聞きたいのかなという、こちらの気持ちを盗み見するかのようなジョークを投げつけ、うれしそうに笑った。

それだけ全仏の直前でも心に余裕があった。少しずつ調子にも手応えを感じている。

「確実に、調子が戻ってきている手応えを感じている。自分の感覚は悪くない。思い切り打っていけると感じる瞬間が増えてきた。どれだけ思い切ってプレーできるかがカギだが、その回数が確実に増えてきたと思う」

逆に言えば、少し前までは思い切り打てないときがあったということだ。18年9月の全米ベスト4から19年2月のロッテルダムの大会まで、9大会連続でベスト8以上の成績を残した。

「今までで1番、充実していたかもしれない」

19年1月のブリスベンでは、16年2月のメンフィスオープン以来約3年ぶりの優勝を遂げた。しかし2月から一転して勝てなくなった。

「いいプレーが続かなくなり、プレーにぶれができた。プレー内容もそうだし、結果に納得できない時期もあった。それが(自信をなくす)気持ち的な原因にもなったかもしれない。米インディアンウエルズ(の大会)あたりから、少しずつ狂いだした」

結果が出ず自信が持てない。自信が持てないから結果が出ない。悪循環に陥った。

そのトンネルから少し抜け出したのが、過去に2度優勝している4月のバルセロナオープンだった。テーマを決め、好調なときの動画を見たり、イメージをしっかりつくった。

「今、テーマがある。この何年か、クレーでいいプレーができていた。それを思い出し、取り戻す。(ベースラインより)前に入って、速いタイミングで打ち、相手の時間を奪うテニス。動画を見たり、思い描いて練習に落とし込んでいる」

そこで苦悩しているのが体の動きだ。

「頭で分かっているが、体が動いてくれなかったりする。したい動きを100%できないもどかしさがある。思い出して、繰り返して練習していくしか道はない」

今年からダブルスに参戦し始めたのも、そのためだ。体力的なこともあり、過去は年間に2大会ほどしか参戦しなかった。今年はすでに4大会に出場した。

「余裕があるときに、もうちょっと試合をこなしたいというのがある。そのダブルスで、いろいろ試していきたい。楽しいですし、それほど(勝たなくちゃいけない)プレッシャーもない。自然と攻撃的なプレーも学べる」

その思いが、あと1年ほどと迫る東京五輪につながった。シングルスだけでなく、ダブルスへの出場だった。

「最初はそういう気持ちはなかった。ダブルスで目標はなかったけど、東京五輪を最終目標に置いた方が分かりやすい。最終的なゴールには五輪があると思い始めた。出られるかどうかは分からないが、ダブルスも、自分には(メダルの)チャンスがある」

実は、ダブルスもうまい。ジュニア時代、06年全仏のジュニアダブルス部門に優勝した。ただ、プロになり、身長178センチの体格で戦うにはシングルスに専念するしかなかった。

「今でも、4大大会で(ダブルスに出るの)は無理。永遠にないかも」

そんな話の流れから出てきたのが「最終目標」という言葉だが、「最終」の2文字が引っかかった。「最終ってどういう意味?」と聞いたところ、その答えが冒頭の「その後、引退なんで」のジョークにつながった。ただ、それだけ頭の中には東京五輪があるということだろう。

「前回(16年)のリオで五輪への気持ちが変わった。みんなが喜んでくれるなら、そのために頑張ろうと心の底から思えたし、緊張感も楽しめた。だから東京の五輪は本当に楽しみなんです」

そこへつなげるためにも、自信を取り戻し、攻撃的なプレーを早く取り戻したい。そのためにも、今年の全仏は大きな1歩となりそうだ。

「今は自信がないわけではない。4月以降、少しずつ戻ってきている自分がいる。成績はまだもどかしいが、いい方向には向かっている」

そしてインタビューの最後に、恒例の読者へのメッセージを依頼した。するとペンを握り、平仮名で「あいらぶゆー みなさま」と書いた。錦織がふと目にした大坂なおみの直筆メッセージが「I Love You」だったからだ。

「ちょっと、ふざけすぎ?」

取り戻した心の余裕。十分に楽しんでいる錦織がいた。