JRA(日本中央競馬会)が、2020年東京オリンピックの馬術競技出場へ本腰を入れた。北原広之(46=馬場)戸本一真(34=総合)佐渡一毅(33=馬場)の所属職員3人を欧州に派遣。昨秋には馬場の国際大会優勝馬、バローロ(せん12)を購入した。競走馬なら億超えが当たり前のディープインパクト産駒に匹敵する。世界で勝負できる一流馬とコンビを組む佐渡は4月から欧州の大会に参戦。出場を重ねて実績を積み、2年後の大舞台をにらむ。【取材・構成=久野朗】


バローロに騎乗する佐渡。馬場馬術で東京五輪出場を目指す(JRA提供)
バローロに騎乗する佐渡。馬場馬術で東京五輪出場を目指す(JRA提供)

 2年後の東京五輪へ本気度MAXだ。JRAの西尾高弘氏(60)は「日本でやる五輪。馬事公苑は私たちの施設ですから」と力を込めた。馬術競技が行われる東京・世田谷区の馬事公苑は、本番へ向けてリニューアル工事中。JRAの施設でいわばホームグラウンド。00年シドニー大会の布施勝以来の職員出場を、本場欧州へ派遣した3人に託している。

 JRAは昨秋、ハノーバーという品種で英国産のバローロを購入した。JRAの選手がこれまでコンビを組んできた馬とは違い、2ランク上の一流馬。金額は非公表だが、馬場馬術のトップクラスは、2億~3億円を超えて取引されることも珍しくない。購入は海外でも報じられたほどだ。まさに“億の手”。中央競馬に例えるなら「500万クラスから準オープンになった」と西尾氏は話す。3人の中で一番早く、14年に欧州に派遣されて有望株なのが佐渡。半年かけて複数の候補馬から、実際にバローロに何度も試乗して選んだ。

 16年に馬場の国際大会デビューしたバローロは、1年後の大会で欧州の一流選手が騎乗して優勝した。80点前後で優秀とされる中で、昨年6月の大会では74・240と77・475の高得点をマークした。西尾氏は「恥ずかしくない演技のできる馬」と評価。世界で互角に戦える能力と実績を備える。

 もっとも、一流馬には乗り手の技術が伴わなければならない。それが準オープンからG1級に成長する必須条件だ。馬場馬術は騎乗者と馬が一体となり、フィギュアスケートのような華麗さが求められる。バローロを昨秋購入したのは、2年の期間を設け、2年後の本番へ人馬一体にさらに磨きをかける狙いがある。五輪出場には欧米の大会で出場を重ね、結果を出して人馬とも認められなければならない。五輪の個人戦出場枠は3種目(馬場、障害、総合)とも3。他の日本選手にもライバルは多い。

 3人の五輪出場を目指すJRAは、所属選手だけに力を入れているわけではない。馬術振興はJRAが行う業務として法律にも明記され、昨年から日本馬術連盟への支援をさらに強くした。西尾氏は「海外に行っている選手への強化費の捻出とか馬の購入。日本代表チームの人馬の強化」と説明した。根底にあるのは2年後。職員もさることながら、日本選手のレベルアップにもひと役買う。「子どもたちや日本の人たちが五輪を見た時に、乗馬をしてみようかなと思ってくれたら」。JRA=競馬、馬券のイメージはそこにはない。日本の馬術の未来を考えた強い思いがある。


 ◆五輪馬術の種目 馬場、障害、総合(馬場+クロスカントリー+障害)の3種目。各種目に個人と団体があり、馬場と障害、総合の馬場と障害は馬事公苑、総合のクロスカントリーだけ海の森クロスカントリーコース(東京・江東区)で行われる。71歳で12年ロンドン五輪に出場した法華津寛のように、選手に年齢制限はない。ただ馬には五輪などで規定があり総合と馬場は8歳以上、障害は9歳以上でなければ出場できない。


<欧米では最初から競技馬が圧倒的多数>

 元競走馬が乗馬になるケースが多い日本と違い、欧米では最初から競技馬(乗馬)として生産された馬が圧倒的な数を誇る。有名な種牡馬もいて、血統もある。西尾氏は「競馬より乗馬の大会の方が経済的価値が高い国もある」と文化の違いを強調する。日本では、北海道や東北の一部で14年に174頭の乗馬が生産されたデータが残っているが、米国では年間約2万頭のサラブレッドが生まれる中、乗馬はそれをはるかに上回るという。

 値段も違う。日本で行われる世界有数の競走馬のセリ、セレクトセールでの最高額は6億円。一方で障害馬術の乗馬は10億円以上で取引されることも多く「中東では13億~15億円することもある」と西尾氏。海外のバイヤーが大金をつぎ込む理由には賞金大会を制する目的もあるが、五輪など権威のある大会に優勝し、世界的な名誉を手にする狙いがある。

 競走馬の多くが馬体重400~500キロ。競技馬は600キロ前後と一回り大きい。競走馬の4~6歳と違い、競技馬のピークは10~16歳といわれる。佐渡とコンビを組むバローロは、20年東京五輪時に14歳。まさに充実期に4年に1度の大舞台を迎える。