近代5種って知っていますか? 日本協会の登録者数はわずか33人のマイナー競技。東京五輪まで残り2年と迫る中、食品大手の日清食品が「脱マイナー」を図るため同協会とスポンサー契約を締結。5人組ボーカルグループのゴスペラーズを起用するなど、ユニークなPRが話題を呼んでいる。競技普及に尽力する女子選手の第一人者で、12年ロンドン五輪代表の黒須成美(26=東海東京フィナンシャル・HD)が、競技の魅力と東京五輪への思いを語った。【取材・構成=峯岸佑樹】


仲良く2人でハートを作る黒須成美(左)と才藤歩夢(撮影・峯岸佑樹)
仲良く2人でハートを作る黒須成美(左)と才藤歩夢(撮影・峯岸佑樹)

 グローバル企業の力を借りてメジャー競技へ。フェンシング、競泳、馬術、射撃、ランニングと1日でこなす近代5種。欧州では「キング・オブ・スポーツ」と称されるが、五輪実施競技団体の中で登録者数は国内最少のわずか33人で注目度も低い。「脱マイナー」を目指すため日清食品が今春、スポンサー契約を締結し、競技普及に一役買うことを発表した。

 黒須 大企業がつくことでモチベーションが上がる。五輪2年前で近代5種を知らない人がほとんど。世界中の人が知っている日清パワーを借りて、カップヌードルのように近代5種もメジャーにしてほしい。

 中2から本格的に競技を始めた。世界選手権代表だった父秀樹さん(55)の夢を託され、二人三脚で五輪を目指した。父は幼い頃から人一倍負けず嫌いの黒須の性格を逆手に取って「体が硬いな」と嫌みを言って競泳に熱中させ、フェンシングで有利な左利きになるよう歯磨きの時は「左手で出来るか!?」と挑発。大会に出場して「優勝したら好きなものを買ってやる」と誘惑した。「競泳で五輪に出場したかったのに、近代5種にたどり着いた。父がなし得なかった五輪出場の夢を自然と追っていた」。

 当時の女子選手は黒須1人で、いきなり06年アジア選手権で5位入賞した。競技にのめり込んだが、周囲は「近代5種って何?」といった反応ばかり。練習環境面が整っている欧州勢が圧倒的に強く、日本勢は入賞すら難しい状況だった。報道もされず、5種目はおろか競技方法すらほとんど知られていなかった。「寂しかった。いつか絶対にメジャー競技にしたい」とずっと思い続けた。「競技人口が少ないからこそ代表になれるチャンス。多くの人に挑戦してもらい、ゴール後の達成感を味わってほしい」と、競技普及を目的にイベントなどで何度も呼び掛けた。

 大半の選手が施設環境が整った自衛隊や警視庁に所属する中、地元の茨城・下妻市を拠点にフリーでの活動を選んだ。種目ごとに練習施設をはしごする日々。恵まれない環境にも「才能がないから努力しかない」と謙虚な姿勢で競技に取り組んだ。貯金を切り崩して、遠征費や練習施設の使用料などに充てた。

 12年ロンドン五輪最終予選2カ月前の3月11日、東日本大震災が襲った。近くの射撃場は全壊、フェンシング場は避難所に変わった。絶望的な状況の中、知人のコーチがいた韓国・釜山へ拠点を移して練習を続けた。1日9時間の練習漬けの毎日。執念でロンドン五輪に出場したが、結果は34位に終わった。「パニック状態で頭が真っ白だった。初めての五輪は苦いものだった」。

 その後の4年間は、無休で練習に励んだが、16年リオデジャネイロ五輪出場を逃した。「ここまで鍛えてダメか…。(五輪)2回目は自分が納得するパフォーマンスが出来る自信があった分、精神的になかなか立ち直れなかった。女子コーチの道も真剣に考えた」と現役引退の考えもあった。

 しかし、東京五輪では多くの仲間に応援してもらえる好機と捉え、続行を決意した。「ラストチャンス。2年後は競技人生の集大成として迎えたい。超満員の(会場の)味の素スタジアムを笑顔でゴールしたい。それが、父への恩返しになるとも思っている」。近代5種の女子第一人者は今日も剣を握り、泳ぎ、馬に乗り、銃を握り、走り続ける。


■近代五種ペラーズ結成


発表会で「ひとり、で5つ」を熱唱する近代五種ペラーズ
発表会で「ひとり、で5つ」を熱唱する近代五種ペラーズ

 ゴスペラーズがスペシャルユニット「近代五種ペラーズ」を結成。日清食品の同競技応援歌として名曲「ひとり」の替え歌「ひとり、で五つ」を制作した。

 <歌詞>たったひとりきりで、五つもやるんだ フェンシング、射撃、馬術、ランニング、水泳 

 リーダーの村上てつや(47)は替え歌を「挑戦」とし「新曲と同じぐらい気合を入れた。曲のコンセプトを楽しみながら、非常に完成度の高い曲になった」と自信をのぞかせた。

 企画は1人で5種目行う競技と5人で1曲を歌うゴスペラーズに懸けた。日清食品の発案で、メンバーとも歌詞や譜割りなどで協議を重ねた。3月1日にユーチューブで公開されたPVには「謎すぎる五輪競技がある」「日本人選手たった33人」「キング・オブ・マイナースポーツ」など競技の自虐ネタも記され、反響を呼んでいる。ネット上には「五輪本番で歌ってほしい」「カオスと切なさがすごい」「ここまで振り切ると応援したい」など称賛のコメントが並ぶ。

 「ひとり」(01年3月発売)は約62万枚を売り上げ、ライブのセットリストに必ず入るヒット曲だ。しかし、ファンクラブツアーでは「ひとり」ではなく「ひとり、で五つ」を歌唱する。村上は「いつもはない笑い声が飛ぶ。僕らはこの曲を歌い続けることが使命。今後もファンを含めたくさんの人に曲を通じて、競技を広めていく。英語版も面白いかも」と、“新曲”も模索するぐらい本気だ。



■才藤歩夢「親子2代」目指す

 若手の成長も著しい。17年近代5種W杯男女混合リレー銀メダルの才藤歩夢(21=早大)は、「親子2代」で五輪出場を目指す。

 88年ソウル五輪代表で12年ロンドン五輪代表監督の浩さん(56)を父に持ち「世界で通用する選手になって、父に追いつき、超えられる選手になりたい」と“父超え”を宣言した。

 中学時代は陸上部に所属。埼玉栄高で本格的にフェンシングを始めた。早大ではフェンシング部に所属しながら、近代5種に取り組んでいる。各種練習のほか、167センチ、50キロの体格で世界の強豪と渡り合うため筋力強化を図っている。

 日清食品のカレーメシは海外遠征の必需品だ。開催国によって食事面の不安もあるため、試合前日は「安心して食べられるもの」として頻繁に同商品を口にする。「カレーメシファンとして日清さんの応援は本当に心強い。良い意味で普通でないPRで近代5種を広めてほしい」と期待した。


○…日本協会の野上等専務理事(66=写真)は選手層の厚さに手応えをつかんでいる。過去の五輪で男女とも入賞者はいないが、近年のW杯個人では男子の岩元勝平が6位、女子の朝長なつ美が4位に入賞した。「結果は随分伸びている。東京五輪ではなんとかメダルという思いはある」と期待を寄せた。5種目練習出来る環境面から自衛隊か警視庁に所属する選手が大半で、民間選手は移動や資金面で苦労している。強化する上でも「普及と並行して、選手が競技に集中出来るようにお金を集めて少しでも負担を軽くしたい」。近代五種ペラーズのPV公開直後は、協会HPの閲覧数が約4倍跳ね上がったという。


■珍獣「ぺんたうるすくん」


近代5種を化身したペンタウルスくん
近代5種を化身したペンタウルスくん

 カップヌードルなど斬新なCMを展開する日清食品は「日清らしさ」を追求して近代5種のサポートを選んだ。

 同社は16年6月に2020東京大会オフィシャルパートナーになったが、応援競技は「マイナー競技」と決めた。セーリングなど候補がある中、五輪に興味がない人への普及と同社と組むことで「お祭り騒ぎ」になるような競技を模索した結果、近代5種となった。広報部の松尾知直課長(47)は「世界と国内での認知度のギャップがあり、他社がやっていない『日清らしさを出すには』と考えた結果。五輪までにはキング・オブ・マイナースポーツのマイナーを取りたい」と目標を掲げた。

 PR方法は近代五種ペラーズだけではない。5種目を化身した応援キャラクター「ぺんたうるすくん」も制作。全国の小学生100人にアンケートを実施し、75人が「気持ち悪い」と回答した“珍獣”だ。松尾さんは「2年後は『過去最大の盛り上がり』となるよう、今後もいろいろ仕掛けていきたい」と話した。