「リュウ」「タク」「シン」…男性の名前に聞こえるが、女子バスケットボール選手は互いに、こんな感じで呼び合う。日本女子バスケ界には本名とは別に、競技中に呼び合う「コートネーム」がある。日本独特の伝統はなぜ生まれたのか? どう命名されるのか? コートネームの謎について、リオ五輪女子日本代表主将の吉田亜沙美(30=JX-ENEOS)に聞いた。【取材・構成=戸田月菜】


リオ五輪代表主将「リュウ」こと吉田亜沙美(30=JX-ENEOS)に聞いてみた
リオ五輪代表主将「リュウ」こと吉田亜沙美(30=JX-ENEOS)に聞いてみた

コートネームって何だろう?? リオ五輪8強にチームを導いた吉田に聞いた。吉田にもコートネームがあり、「リュウ」と呼ばれている。

-「リュウ」の由来は

吉田 「勝利の“流れ”を呼び込めるように」、との思いから1字取って「流」=「リュウ」とつけてもらいました。高校を卒業してJXに入る時に、JXの先輩がいくつか候補を出してくれて、「これだ!」とピンと来たのが「リュウ」でした。

-JXに加入する前、東京成徳大中、東京成徳大高時代にはなんと呼ばれていたのか

吉田 私の場合は中高一貫だったので、中学の時にコートネームをつけられました。「あさみさん」が先輩にいたので、名字から取って「ヨシ」。でも由来のあるコートネームが欲しくてJXの先輩方に相談して、つけてもらいました。

-代表チーム等でコートネームがかぶった場合はどうなるのか

吉田 先輩が優先で、年齢が下の選手が何か別の代表限定のコートネームに一時的に変えます。クラブに戻ったらまたそれぞれのコートネームで呼ばれます。代表チームが集まったときに自己紹介がないので、新しく加入した子のコートネームが分からないときは周りに聞いたりしてますね。

-コートネームの便利なところは

吉田 パッと呼びやすいのが一番ですね。みんなコートネームで呼んでいるので下の名前が分かんなくなったり、漢字が分かんなくなることはたまにあります。あとは「リュウさん」のほうが近い感じがして、ファンに認識してもらえるのはうれしいですね。フルネームを覚えるよりは、まずはコートネームから覚えてもらって、選手を知っていってもらいたいですね。コートネームがずっとある環境にずっといるので、それが当たり前になっています。由来をつけてもらうことで、その名に恥じないプレーヤーになりたいとの心構えができます。

-クラブでは普段からずっと「リュウ」と呼ばれている

吉田 「リュウ」と呼ぶのはマネジャーのみですね。監督、トレーナー、アシスタントコーチからは名前をそのまま呼ばれています。タオルやスクイズボトルなど、チームで支給される練習着や移動着などには「流」と書いています。JXに入ってから知り合った人からは「リュウさん」、高校時代の知り合いからは「ヨシさん」と今も呼ばれることがあります。

事情は分かってもらえただろうか? 女子バスケの観戦にいけば、選手同士がコートネームで呼び合うことがすぐに分かる。テレビでも耳を澄ませば、聞こえてくる。命名の由来も知れば、その選手のことがより分かるようにもなる。

東京五輪では、リオのベスト8以上を目指していく女子日本代表。コートネームまで知れば、より応援に力が入りそうだ。


女子バスケットボール日本代表のコートネーム
女子バスケットボール日本代表のコートネーム

<1982年には存在していた>

コートネームの文化はいつから存在していたのか? 日本リーグのパンフレットをさかのぼってみたところ、男女ともに1978年のパンフレットにはニックネームとして掲載されていることは確認できた。元日本代表の主将も務め、現在は日本オリンピック委員会(JOC)専任コーチングディレクターを務める古海五月さん(54)の現役時代には存在していたという。古海さんが共同石油(現JX-ENEOS)に入団したのは82年。「10歳上の人に、既にコートネームがついていましたよ」。現在ナショナルトレーニングセンター(NTC)で男女両方の日本代表のコーチングを担当する立場から、「女子は親近感とか輪を大事にするし、輪をつくりたがるからその1つの文化なんじゃないかな」と推測する。

古海さんのコートネームは、鶴鳴女子高(現長崎女子高)時代は5月生まれのMayから「メイ」と呼ばれていたものの、JX-ENEOSに入団すると似たコートネームの先輩がいたため変更することに。当時流行していたアニメ「じゃりン子チエ」に登場する最強の猫の名前から「小鉄」と名付けられた。


<男子にはない>

トヨタ自動車アンテロープスで部長を務めている清野英二さんは、チームスタッフの立場からコートネームの困りごとも教えてくれた。トヨタ自動車は企業チームでもあるため「会社の壮行会とかで選手を紹介するときに、たまに名字が分からなくなるんです。アレ…本名なんだっけ、って選手に耳打ちすることもあります」と苦笑いする。

元選手だった清野さんは、現役当時のパンフレットには『エージ』とのニックネームが記載されていた。「でもそれはコートネームではなかったですね。ただの呼び名でした。男子にはコートネームはないですね」と説明した。


<海外にもない>

コートネームは、日本女子独特のものでもある。リオ五輪で総務として日本代表に同行した、JX-ENEOSの山崎舞子総括マネジャー(32)は、海外でのコートネーム事情について明かした。渡嘉敷来夢(27、コートネーム=タク)がWNBAシアトル・ストームでプレーしていた時を振り返り「タク(渡嘉敷)はタクのまま呼ばれていましたね。スチュワート選手が名前の一部分を略してスチュと呼ばれていることはありましたが、基本的にはユニホームに書いてある名前で呼んでいることが多かったと思います」とコートネームとしての文化はなく、ニックネームにとどまっていることも明かした。


元バレーボール日本代表で日本バスケットボール協会の三屋裕子会長
元バレーボール日本代表で日本バスケットボール協会の三屋裕子会長

<女子バレーにもあった>

コートネームはバスケットボールだけでなくバレーボールにも存在する。日本バスケットボール協会の三屋裕子会長(60=写真)は、元バレーボールの日本代表選手。筑波大入学時に1学年上の先輩から「サイ」とのコートネームを名付けられた。「三ツ矢(三屋)サイダー」の「サイ」が由来という。「筑波大では当時、心機一転という意味も込めて入学時に高校時代までとは異なるコートネームを2年生につけてもらうのがしきたりだったんです」と明かした。

三屋氏の同級生には「ジロー」がいた。「自分の『サイ』に正直『ガーン!』と思っていたところ、高校まで『ムサシ』と呼ばれていた同級生が『武蔵』に対する『小次郎』ということで、なぜか『ジロー』と名付けられた。当時、『ジロー』になるくらいなら『サイ』でいいや、と妙に納得した思い出があります」。

競技中は短い時間でコミュニケーションをする必要があることから、コートネームの便利さを感じていたという。「日常生活においても語感や印象として上級生、下級生に対しても親近感という点で使いやすい面があったと思います」。

三屋氏は「名字も名前も呼び捨てにすると乱暴なイメージがあり、女子的にはなじまない印象。一方で、苗字や名前に『~さん』『~ちゃん』というのも呼びづらいこともあり不便。短い単語で呼びやすく、呼び捨て的ではないということで広がったのではないでしょうか」とも見解を話した。