近代五種のW杯ファイナル東京大会が27日、調布市の武蔵野の森総合スポーツプラザなどで開幕する。2020年東京オリンピックのテスト大会で、国内では64年東京五輪以来の国際大会となる。16年リオデジャネイロ五輪女子代表の朝長(ともなが)なつ美(27=警視庁)は、東京五輪を競技人生のゴールとする。父の死や右肘の手術などの苦難を乗り越え、日本勢初の金メダルを狙う。【取材・構成=峯岸佑樹】


インタビューに答える朝長なつ美(撮影・丹羽敏通)
インタビューに答える朝長なつ美(撮影・丹羽敏通)

最後は自分のために-。朝長は今月中旬、試合会場での合同合宿に参加し、英国選手らと交じってフェンシングの練習などに励んだ。マスクを外すと、きりりと切れ長の目でまっすぐ前を見据えた。宝塚の男役のような容姿で、はきはきした受け答えが、身を置く世界の厳しさを漂わせた。27歳の警察官は並々ならぬ覚悟で今大会に臨む。

朝長 優勝したら東京五輪の出場権を得られる。ずっと前から東京大会で決めたいと思っていた。自国開催は日本選手にとって優位だし、とにかく結果にこだわりたい。

警察官だった両親の背中を追って、埼玉・川越南高卒業後に警視庁の採用試験に合格した。直後の10年4月、父省治さんを54歳で食道がんで亡くした。中学で競泳、高校で陸上に打ち込み、スポーツ万能だったが「県大会レベル」で不完全燃焼だった。警察学校時代に1500メートル走で女子歴代1位の4分55秒を記録し、近代五種部の黒臼昭二監督(46)らの目に留まってスカウトされた。

朝長 厳格な父が亡くなると、母(里美さん)がふさぎ込んでしまった。近代五種は知らなかったけど、これも何かのご縁。反抗期で親孝行を出来ずに亡くなった父への申し訳なさと、母を五輪に連れていけたら少しは元気が出るかなと思って競技を始めた。

12年11月に競技を本格的に始めると、すぐに頭角を現した。2年後には全日本選手権を制覇。15年6月のアジア・オセアニア選手権(北京)ではアジア5位となり、初の五輪切符をつかんだ。リオ五輪は、父の形見となった勤続30年記念の万年筆をお守りにして臨んだ。日本勢過去最高の12位。しかし、喜び以上に悔しさが残った。1種目目のフェンシング会場に入ると、突然、足に力が入らず浮足だった。

朝長 感動と緊張に襲われ、試合に集中出来ずフワフワしていた。五輪には本当に魔物がいると思った。順位は、勢いと(抽選の)馬運が良かっただけ。世界との差やメダルまでの距離を痛烈に感じた。


ポーズを決める朝長なつ美(撮影・丹羽敏通)
ポーズを決める朝長なつ美(撮影・丹羽敏通)

欧州の強豪国に比べ、日本は施設やサポートなどの環境面が劣る。朝長はその分を練習量で補った。毎日午前7時から12時間以上の練習で追い込んだ。17年2月のW杯では日本勢過去最高の4位に。「国際大会で金メダル」を目標に掲げ、ハードな練習と海外での連戦を続けた。利き手の右肘関節滑膜炎を発症し、痛みがありながらも強行出場。体は限界を超え、成績不振に陥った。同10月に手術を決意。筋力は落ち、実戦復帰後も5種目の感覚が戻らず、苦しんだ。

朝長 もう戦えない…と思って引退も考えた。自分と葛藤する中、「近代五種が好き」という気持ちもあって最後まで悩んだ。その結果、リオ五輪は親への恩返しだったけど、東京五輪は自分のために目指すと決めた。

けがも徐々に回復し、昨年末ぐらいから安定した成績を残し始めた。今年2月からのW杯は、全4戦中3戦で上位に入り、ファイナルの出場権を獲得した。現在は、五輪を1度経験したことで考えすぎてしまい「気持ちのコントロールが難しい」と嘆く。気分転換のために競技を忘れる「休日」を作ることを意識する。

朝長 隔週ぐらいで友人と多摩方面の温泉や岩盤浴に行って心身を休める。毎日、五輪、五輪…と考えて自分にプレッシャーをかけすぎている分、息抜きが大切ということが分かった。

恩師の黒臼監督は、朝長について「全種目において適応力が高く、戦いを勝ち抜く強いメンタルを持っている。負けず嫌いが勝負強さに表れている。正直、ここまで伸びるとは思わなかった」と成長に目を細めた。東京五輪を1年1カ月後に控え、女子のエースは2度目の大舞台を競技人生のゴールに決めた。

朝長 体力、精神ともに限界だし、24年パリ五輪は絶対にない。何があっても東京五輪で終わり。金メダルを取るのは自分しかいないと思っているし、そのためにも悔いのない日々を過ごしたい。全ては自分のために。

両親が名付けた「なつ美」という名の通り、28歳で迎える20年8月は美しく輝く夏にする。

◆朝長なつ美(ともなが・なつみ)1991年(平3)8月22日、埼玉県狭山市生まれ。3歳から中学まで水泳に励み川越南高では陸上部(中距離)。警視庁入庁後の12年11月から近代五種を始める。第四機動隊所属で警備などの任務をこなす。リオ五輪12位。好きなドラマはフジテレビ系「踊る大捜査線」。趣味は温泉巡り。170センチ、53キロ。血液型B。

<宝塚歌劇団の道もあったかも>170センチ、53キロのモデル体形の朝長は、高校の文化祭で名物「男装女装コンテスト」に学ラン姿で登場し、見事優勝を飾った。周囲から「宝塚の男役みたいでかっこいい」などと評判で、男子生徒より女子生徒の間で人気者だった。オリンピアンは「音痴でなければ宝塚に行きたかった」と苦笑いした。

■これが近代五種だ

近代五輪の創設者クーベルタン男爵が考案し、1912年ストックホルム五輪から採用。1日で5種を行い、総合得点で順位を競う。欧州では人気で貴族スポーツと呼ばれる。日本協会の登録者数は五輪競技団体の中で最少のわずか45人。競技順は以下の通り。

★フェンシング ランキングラウンド(RR)はエペによる1分間一本勝負の総当たり戦。勝率により得点が増減。30人超と対戦するため集中力が必要。ボーナスラウンド(BR)は30秒一本勝負の勝ち残り戦。

★競泳 200メートル自由形。2分30秒を基準値の250点として、1秒あたり2点が増減。瞬発力と持久力が求められる。

★馬術 馬は抽選で決定。試乗は20分。12障害で300点満点からの減点方式。馬との相性と運も大切。

★射撃&ランニング(複合) 2種を交互に4回行う。射撃はレーザーピストルで、10メートル先の的に50秒で5回命中させる。ランニングは800メートルで、この着順が最終順位。

▼会場 東京五輪では武蔵野の森総合スポーツプラザでフェンシングRR、味の素スタジアムで競泳、フェンシングBR、馬術、射撃&ランニングを行う。W杯ファイナルでは味スタは使用せず、武蔵野の森でフェンシングRRと競泳、AGFフィールドでフェンシングBR、馬術、射撃&ランニングを実施する。



■最大男女2人ずつ

◆東京五輪代表選考 最大出場枠は男女2人ずつ。今月末のW杯ファイナルから来年5月末までに複数の選考大会が実施され、今年9月の世界選手権(ハンガリー)で3位以内や、同11月のアジア・オセアニア選手権(中国)で5位以内の日本勢最上位などに入ると出場権を得られる。来年6月には世界ランク上位者にも出場権が配分される予定で、選考大会でのポイント稼ぎも重要となる。

<日本女子の現状はB>日本協会の立野宏幸強化委員長(60=写真)が、日本勢の現状を説明した。国際近代五種連合が定める国別ランクでは強豪ハンガリーや英国などがAランク(メダル圏内)で、日本は女子がB(入賞圏内)、男子がCとなる。これまで男女ともに国際大会でメダルはなく、五輪では68年メキシコ大会男子15位の槙平勇荘、16年リオ大会女子12位の朝長が最高。立野氏は特に女子の強化が順調と強調し、今大会出場の朝長ら3選手について「メダルを十分に狙える」と太鼓判を押した。メダル獲得には、初日のフェンシング総当たりで7割以上の勝率が必須という。「日本は環境面の遅れなどからフェンシングが課題。初日のスタートダッシュが結果を左右する」と話した。


パリコレモデル仏女子にも注目

12年ロンドン五輪代表で昨年12月に現役引退した黒須成美さん(27)が、W杯ファイナルの「観戦ポイント」を伝授した。


W杯ファイナルの注目ポイントを挙げる黒須成美さん
W杯ファイナルの注目ポイントを挙げる黒須成美さん

五種の国内大会が年1回程度と少ない中、20年東京五輪のテストとしてW杯が国内で初開催される。27日から4日間で入場料は異例の無料。1日6~8時間超と長丁場で、見慣れない来場者のために、女子の第一人者が勤務先の都内の東海東京フィナンシャル・HDで注目ポイント3点を挙げた。

(1)会場での臨場感 フェンシングで勝った時の雄たけびや、「静と動」のシフトチェンジがあるレーザーランの駆け引きは見物。最後のゴール前ダッシュで番狂わせもある。選手との距離間も近く、気軽に記念撮影なども出来る。

(2)美男美女が多い 競泳と陸上の間をとったようなスタイル抜群な選手ばかり。リオ五輪女子銀メダルで今大会にも出場するエロディ・クルーベル(フランス)はパリコレに出演するなどモデル活動も行う。

(3)休憩時間のもぐもぐタイム 選手は各種目の合間に補食し、その光景は観客席からも見られる。韓国はキンパ(のり巻き)、英国はサンドイッチ、米国はフライドポテトなどお国柄が出るメニューは必見。


エロディ・クルーベル(ロイター)
エロディ・クルーベル(ロイター)

今大会は世界の男女上位36人が参加し、世界選手権レベルの大会が見られる。黒須さんは「選手やお客さんにとっても貴重で、歴史に残るW杯になるはず。日本勢初のメダル獲得の瞬間も見られるかもしれない。ぜひ、多くの方に近代五種の迫力や面白さを目にしてほしい」と呼び掛けた。


■いとうせいこう&みうらじゅん氏「8時間耐久生解説」

「脱マイナー」を図るため日本協会とスポンサー契約を締結した食品大手の日清食品は、ユニークな取り組みでW杯ファイナルを盛り上げる。

特設サイト内で、男女混合リレーが実施される大会最終日の30日にタレントいとうせいこう(58)とイラストレーターのみうらじゅん氏(61)がアナウンサーならぬ“副音サー”として「8時間耐久生解説」に挑む。会場で、日本代表の愛称募集や競技のつらさ、トリビアなども紹介する。選手とともに過酷な長時間解説に臨むが、素人目線の「脱線脱力トーク」を心掛ける。24日には総合格闘技風のWEB動画を公開し、「誰もが知らないW杯が日本に初上陸する」などとシュールにPR。同社広報部担当者は「日清食品らしい視点で、競技の魅力をより多くの方に知ってもらいたい。東京五輪ではメジャー競技になることを信じている」と話した。

同社は昨年から異色のPRを次々と展開。スペシャルユニット「近代五種ペラーズ」の結成や、5種目を化身した応援キャラ「ぺんたうるすくん」などを制作し、反響を呼んでいる。