スポーツを通り越して、もう冒険-。自転車競技スポーツマネジャーの片山右京氏(56)は、史上最も過酷なロードコースを評した。東京の武蔵野の森公園から静岡の富士スピードウェイまで244キロ、終盤にハードな上りが続く超難関の男子競技。常軌を逸したコースが、国内での自転車文化発展につながることを願う。21日には本番を見据えたテストイベントを実施。富士山の美しさの裏に、想像を絶する地獄が待っている。


東京五輪の自転車競技ロードレースのテストイベントをPRする片山氏(撮影・河野匠)
東京五輪の自転車競技ロードレースのテストイベントをPRする片山氏(撮影・河野匠)

スポーツマネジャーに就任する前の昨年8月、片山氏は発表されたコースに驚いた。道志みちは子どもの頃から親しんだ道で、今は自ら監督を務める「Team UKYO」の本拠もある。登山家として富士山を、F1レーサーとして富士スピードウェイも熟知する。知り尽くすだけに、その驚きも大きかった。

片山 何を考えているんだ、と思った。とんでもない、ひどいコースを作ったと。五輪のロードレースは第1回からだけど、すべて周回。今回は初のラインレース(スタートとゴールが異なる)。244キロで獲得標高(上った標高の合計)が5000メートル近い。ツール(・ド・フランス)の山岳コース並みか、それ以上。

富士山を望む景観は見事。過去の周回コースに比べて、最も美しいともいえる。しかし、難易度は美しさに反比例するように高い。上りの厳しさだけでなく、競技スタート直後に待つ市街地コースについても驚きを口にした。

片山 尾根幹線はよく走る道だけど、わざわざ住宅街に入る。UCI(国際自転車競技連合)は「日本らしい」って、訳が分からない。(F1の)モナコGPのようにテクニカルなコースになる。マンホールやクレーチング(排水路の鉄製ふた)、段差など位置取りを含めて難しいと思う。

心配は完走率。12年ロンドン五輪は76%、サバイバルと呼ばれた16年リオ五輪は44%だったが、片山氏は厳しい数字を口にした。

片山 30%いけばいい。天候など条件が悪ければ3人とかもありうる。UCIはトップだけ決めればいいという考え。多くの人にチャンスを与えるのが他の競技だけど、自転車は強者優先。選手をいじめているとしか思えない。今回はメダルがなくても、完走者全員が勝者といってもいい。

開催国として日本の選手にも期待したいが、厳しいのが実情。だからこそ、片山氏は日本人選手に奮起をうながすとともに、今大会が将来世界のトップを目指す選手が現れるきっかけになることを期待する。

片山 開催国だし、優しいコースで入賞を狙う手もあった。ただ、今回のコースでは厳しい。世界の一流と走ってカルチャーショックを受け、そこからスタートしてほしい。マラソンでもそうだけど、日本人は長距離向き。いつか日本選手が世界のトップを走る。金メダルをとる。マイヨ・ジョーヌ(ツール・ド・フランスで総合成績1位の黄色ジャージー)を着る。そのきっかけになってほしい。

21日のテストイベントに向けて多忙。今回は安全を最優先しているが、五輪では多くの人の観戦を期待する。欧州ではサッカーやF1と並ぶ人気だが、日本ではまだまだ。日本に自転車文化が根付き、よりよい環境になることを願う。

片山 (F1なら)セナとマンセルとプロストとシューマッハーを、すぐ近くで見られる。少し古いですかね(笑い)。コースもすごいけれど、走る選手もすごいですよ。危険だからこそルールを守り、戦う相手であっても励まし、助け合う。そんな素晴らしい自転車のステージを、この国でもっと上げたいんですよ。

美しく、過酷なレースだからこそ伝わる自転車の魅力。かつて攻撃的な姿勢で「カミカゼ」と呼ばれた片山氏は、熱い思いを込めて言い切った。【荻島弘一】

◆片山右京(かたやま・うきょう)1963年(昭38)5月29日生まれ、神奈川・相模原市出身。東京・日大三高では陸上長距離で活躍、卒業後の83年にレースデビューした。全日本F3000を経て92年からF1に参戦。98年からはル・マン24時間に参戦した。F1引退後は趣味だった登山にも本格挑戦、自転車では選手として活躍するとともに自身のチーム「Team UKYO」も立ち上げ、昨年に全日本実業団自転車競技連盟理事長就任。11月から東京大会自転車競技スポーツマネジャーを務める。


東京-静岡 244キロ 総標高4865メートル

◆武蔵野の森公園スタート セレモニアルスタート地点の武蔵野の森公園では1人ずつ順にファンの注目を浴びながらコースへとこぎ出していく。オフィシャルスタート地点の是政橋まではセレモニアルライド、顔見せのようなパレード区間となり、激しい争いはない。真剣勝負は是政橋から始まる。


スタート地点となる武蔵野の森公園
スタート地点となる武蔵野の森公園
オフィシャルスタート地点となる是政橋
オフィシャルスタート地点となる是政橋

右京チェック1

パレード区間の最大の見どころは、普段は自転車乗り入れ禁止の境内に入ること。1900年以上の歴史がある神社ですから、壮観です。1度離れた車両を神社を出て合流させる。ここはサーカスですよ。


大国魂神社
大国魂神社

右京チェック2

テクニカルな市街地コース、ミッキーマウスサーキット(細かいカーブが続くF1コース)ですね。普通は前を風よけにした方が有利だけど、ここでは前に出た方が楽。誰がスタートアタックを決めるかです。


若葉台パークヒルズ
若葉台パークヒルズ

右京チェック3

青山からの道志みちは坂の連続を過ぎると道志川と並行で走る田園風景が広がる爽やかなコースになる。橋の上からの景色も美しいし、川のせせらぎを聞いて走るのもいい。ここは、自転車の「聖地」なんです。


道志みち(国道413号線)。横を流れるのは道志川
道志みち(国道413号線)。横を流れるのは道志川

右京チェック4

山伏峠までの道志みちは急勾配が続く。ここで、脱落する選手もいるはず。日本選手も厳しい。ずっとピコピコハンマーでたたかれながら走る感じ。食らいつけば突然変異のように力を出すかもしれないけど。


右京チェック5

山中湖に出ると、目の前には素晴らしい風景が広がります。湖に富士山が映って。ただ、きれいなのは冬で、夏は冠雪もない。午後は霧も多くて、きれいな富士山が見えることは残念だけど99%ないですね。


山中湖
山中湖

右京チェック6

富士山スカイラインの長い下りでは、100キロ近いスピードがでます。富士山から一気に下りてくる感じ。迫力はあるけれど、一番危ない。コース上に小さくても何かあれば、大事故につながったりするんです。


右京チェック7

200キロ走った後に斜度20%近い上り。グランツール(欧州3大レース)の山岳ステージで勝つ選手でないと厳しい。五輪はスプリンター向きのコースが多かったけれど、今回は完全にクライマー向きです。


三国峠
三国峠

右京チェック8

チケットなしでも観戦ポイントがあるロードレースですが、やはりゴールのグランドスタンドは外せないですね。これだけの難コース。ゴールした選手には、順位には関係なく大きな拍手を送ってください。


ゴール地点となる富士スピードウェイ
ゴール地点となる富士スピードウェイ

<130人が争う>東京五輪の自転車ロードレース 男子は開会式翌日の25日午前11時、女子は26日午後1時にスタートする。10キロのパレード区間の後、男子は234キロ、女子は富士山麓と三国峠を除いた137キロで争われる。出場選手は男子130人、女子67人。国際自転車競技連合ポイントにより、男子最大5、女子同4の国別出場枠が与えられる。開催国枠は男女各2。今月21日には大会組織委員会によるテストイベントが富士山麓を除く男子コース(179キロ)で行われる。


■64年組レジェンドも「相当厳しいね」

自転車ロードレースのレジェンドも、過酷なコースに顔をしかめた。64年東京大会個人・団体ロードに出場した大宮政志さん(81)は「相当厳しいね。一番きつくなる終盤に上り坂が3つもあるから。山岳に強い選手が有利」と話した。

日大時代のローマ大会に続き、26歳で2大会連続出場だった。個人では序盤に落車に巻き込まれる不運。「雨も降っていた。前の選手が変則に失敗して落車、そこに乗り上げた。何とか挽回して、集団に追いついたんですよ」。日本代表の赤いブレザーに袖を通して「沿道は人で埋まっていて(故郷の)岩手からもバスで大応援団が来てくれた」と当時を懐かしんだ。


1964年東京大会の個人・団体ロードに出場した大宮政志さん
1964年東京大会の個人・団体ロードに出場した大宮政志さん

八王子の起伏を利用した周回コースは1周約24キロ。35カ国132人が8周して争ったが、差はつきにくかった。奇跡的に追い上げた大宮さんもトップとわずか0・13秒差の36位。3位と0・02秒差だった。99人が一団でゴールするという大混戦の反省が、今回のコース設定にもつながった。

現在、大宮さんは立川競輪場でプロの競輪選手を目指す若手育成プロジェクトのコーチとして活躍している。「もう残っているのはおれだけだ」と笑うレジェンドは、来年のロードレースでの後輩たちの活躍を願いながら若手育成に汗を流している。【山本幸史】

◆大宮政志(おおみや・まさし)1938年(昭13)3月10日、岩手県生まれ。60年ローマ五輪個人ロード(途中失格)64年東京五輪(個人36位、団体19位)出場。競輪学校21期生として65年デビュー。96年引退後、立川市自転車教室の指導者などを経て、18年3月まで昭和第一学園高で自転車競技のコーチを務めた。