東京オリンピック(五輪)柔道代表の男女14階級で唯一、日本代表が決まっていない男子66キロ級の決定戦が13日、東京・講道館の大道場で行われる。19年世界王者の丸山城志郎(27=ミキハウス)と17、18年世界王者の阿部一二三(23=パーク24)との異例のワンマッチで、勝者が五輪代表となる。通算対戦成績は丸山の4勝3敗。無観客で実施される“令和の巌流島決戦”の行方はいかに-。【取材・構成=峯岸佑樹】

■“無敵”阿部に待ったをかけた丸山

まさに一騎打ち。熱戦の舞台は整った。新旧世界王者が11日後、柔道の総本山こと講道館でついに決着をつける。拮抗(きっこう)する両者だが、時期によって結果は異なり、リードしていたのは阿部だった。

グランドスラム大阪大会で丸山(左)を果敢に攻める阿部(19年11月22日撮影)
グランドスラム大阪大会で丸山(左)を果敢に攻める阿部(19年11月22日撮影)

15年講道館杯準々決勝で丸山と初対戦。敗れて16年リオデジャネイロ五輪代表の道が、結果的に途絶えた(代表は海老沼匡)。五輪代表には選出されなかったが、同4月の全日本選抜体重別選手権を制し、17、18年の世界選手権も連覇した。リオ五輪後の2年間は“無敵”で、国際大会で34連勝するなど女子52キロ級世界女王の妹詩(20=日体大)とともに「東京五輪の星」と注目を集めた。

そんな状況に「待った」をかけたのが丸山だ。18年8月のアジア大会で優勝を逃して窮地に立たされたが、同11月のグランドスラム(GS)大阪大会決勝で阿部を破って優勝すると、1年間で立場が一気に変わった。19年世界選手権までの直接対決で3連勝し、驚異的な巻き返しを図った。

しかし、19年GS大阪大会決勝で崖っぷちの阿部に敗れ、阿部が優勝した今年2月のGSデュッセルドルフ大会を左膝の負傷で欠場すると横一線に。2月末の全日本柔道連盟(全柔連)の強化委員会で、男子66キロ級代表のみが決まらず、持ち越しとなった。

阿部一二三の足技をうまく受け、返し技を決めゴールデンスコアを制した丸山城志郎は歓喜の表情(19年4月7日撮影)
阿部一二三の足技をうまく受け、返し技を決めゴールデンスコアを制した丸山城志郎は歓喜の表情(19年4月7日撮影)

■手の内は知り尽くしている

対戦成績は、丸山の4勝3敗。うち6戦は延長までもつれての決着だ。昨年の戦いは丸山が2勝1敗と勝ち越したが、最後に勝ったのは阿部という状況。柔道スタイルは、左組みで唯一無二の内股とともえ投げを武器とする丸山に対して、阿部は右組みで背負い投げや袖釣り込み腰などの担ぎ技を得意とする。

プロ野球の投手で例えるなら、丸山がソフトバンクの技巧派左腕和田毅で、阿部は阪神で引退した本格派右腕、藤川球児氏か。手の内を互いに知り尽くしているが、実戦から離れていて今回は予選なしの“決勝”のため、試合勘がどこまで戻っているかも、勝敗を大きく左右するだろう。

阿部と丸山の比較
阿部と丸山の比較

新型コロナウイルス感染拡大後、丸山は母校の天理大で牙を研ぐ。山道や階段ダッシュで下半身を鍛え、日本刀のような切れ味と称される内股に磨きをかける。阿部は拠点とする東京で本格的な稽古ができない期間が続いたが、9月から母校の日体大など強豪大学への出稽古を再開している。

両者とも、ライバルを「自分を強くさせてくれる存在」とたたえる。五輪決勝に勝るとも劣らない大勝負。7カ月後、日本武道館の畳に立つのはどちらか。運命の瞬間は迫っている。

<丸山城志郎と阿部一二三の対戦成績>

◆15年11月7日講道館杯準々決勝

 ○丸山 有効(巴投げ) 阿部●

◆16年4月3日全日本選抜体重別決勝

 ●丸山 指導2 阿部

◆17年12月2日GS東京決勝

 ●丸山 大内刈り 阿部

◆18年11月23日GS大阪決勝

 ○丸山 技あり(巴投げ) 阿部●

◆19年4月7日全日本選抜体重別決勝

 ○丸山 技あり(浮技) 阿部●

◆19年8月26日世界選手権準決

 ○丸山 技あり(浮技) 阿部●

◆19年11月22日GS大阪決勝

 ●丸山 技あり(支え釣り込み足) 阿部

16年4月、全日本選抜体重別選手権 阿部一二三(右)は丸山城志郎と投げ合う
16年4月、全日本選抜体重別選手権 阿部一二三(右)は丸山城志郎と投げ合う

◆柔道の東京五輪代表選考 選手の準備期間確保を重視した「3段階」による選考を導入。(1)19年世界選手権優勝者が同11月のGS大阪大会を制し、強化委員会で出席者の3分の2以上の賛成で代表入りが決定。女子78キロ超級の素根輝のみ内定(2)同12月のマスターズ大会(中国)、2月のGSパリ大会、GSデュッセルドルフ大会終了時点で、強化委の3分の2以上が1、2番手の差が歴然と判断すれば代表選出。男女12階級内定。3月に五輪延期が決まり、再選考案浮上も、内定維持が決定(3)最終選考は4月の全日本選抜体重別選手権で強化委の過半数の賛成で代表決定予定だった。男子66キロ級のみ該当も、大会延期に。再設定した12月のGS東京大会も中止となり今回の代表決定戦が決まった。

東京五輪の柔道代表選手
東京五輪の柔道代表選手

◆巌流島の戦い 1612年(慶長17)4月13日に山口県下関市の無人島「船島」で宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した。約束は午前8時だったが、武蔵は2時間遅れて到着。小次郎が波打ち際で「遅いぞ武蔵」と刀を抜くと、武蔵の長い櫂(かい)が小次郎の頭を打ち砕き、決着がついたとされる。後に、敗れた小次郎の流儀「巌流」をとって、巌流島と呼ばれるようになった。1987年(昭62)10月にはアントニオ猪木とマサ斎藤が無観客、時間無制限、ルールなしのデスマッチで対戦した。最後は猪木が裸絞めで攻撃し、2時間5分14秒のTKO勝ち。「決闘の聖地」とされ、下関港と門司港から直航便が出ている。周囲は1・6キロ。


■パーク23総監督吉田秀彦氏「鬼になれ」

強豪パーク24の総監督を務める92年バルセロナ五輪男子78キロ級金メダルの吉田秀彦氏(51)は、所属の阿部に「鬼になれ!!」とハッパを掛けた。

阿部一二三に激励の言葉を贈る吉田秀彦氏(撮影・峯岸佑樹)
阿部一二三に激励の言葉を贈る吉田秀彦氏(撮影・峯岸佑樹)

阿部は世界王者として臨んだ19年世界選手権の準決勝序盤に右膝を負傷した丸山を攻めきれず、3連覇を逃した。吉田氏はこの出来事を一例として挙げ、「勝負の世界は非情になって鬼にならないとダメ。今回、城志郎(丸山)が弱みを見せたら絶対に攻めるべき。一発勝負なんだから、余計なことを考えずに無心で戦って、ぶち投げてもらいたい」と激励した。

丸山に18年GS大阪大会以降、3連敗を喫して追われる立場となり「精神面が課題」と指摘する。「苦難を経験したが、それを超えないと五輪金メダルはない。試練であり、良い薬でもある。技術や体力は一流だが、一番の強みである前に出て攻めるためにも、精神面をセルフコントロールできるかが重要になる」。

大勝負は近い。3大会連続五輪出場の吉田氏は、大一番前の「けがにも注意」と助言。バルセロナ五輪の現地練習で乱取りをした古賀稔彦が左膝を負傷し、00年シドニー五輪3回戦では自身が右肘を脱臼して救急車で病院へ搬送された。「緊迫した大舞台では何が起きてもおかしくない。けがにも注意して、魅力的な阿部一二三の柔道を体現してもらいたい。鬼になれ、一二三!!」。


■バルセロナ五輪7位 丸山の父・顕志氏「漢見せろ」

92年バルセロナ五輪柔道男子65キロ級7位の丸山顕志氏(55)は、次男の城志郎に「漢(おとこ)を見せろ」と気合を入れた。

19年世界選手権を制し、父の顕志氏(右)と写真撮影する丸山城志郎
19年世界選手権を制し、父の顕志氏(右)と写真撮影する丸山城志郎

漫画「巨人の星」の星一徹のような厳格な教育をしてきた丸山氏は「人生が懸かった一戦。小さい頃から『五輪選手になるために生まれてきたんだ』と言ってきた。漢を見せ、柔道界初の親子で五輪を実現させてほしい」と熱望した。

リオ五輪代表を逃してからは「連絡は一切取らない」と3年半“絶縁”した。19年8月中旬、親族を通じて連絡があり、大舞台への心構えなどを伝えた。数日後の世界選手権では約2年ぶりに息子の試合を観戦。日本武道館の2階自由席最前列を確保するために、試合前夜に会場前で1人野宿した。長女らと城志郎の勇姿を見届け、感極まった。

阿部の体幹の強さを見て、投げることは難しいと指摘する。「(得意の)内股だけに頼らず、組み手で優位に立つことが重要。試合の主導権を握れば好機は必ずあるはず」と推測した。

昨春、福岡県春日市に道場「泰山学舎」を開いた。同市を選んだ理由は、講道館の住所が東京都文京区春日だからだ。一大決戦はその講道館で行われる。「同じ『春日』で縁があればいい。城志郎には、自分が金メダルを取れずに失敗した五輪のリベンジを果たしてもらいたい」と願った。


■強化陣も緊迫「技術より心」

全柔連の強化陣も、代表決定戦が近づくにつれ緊迫感を漂わせる。10月中旬に都内で行われた代表合宿には丸山が参加し、阿部は辞退した。男子代表の井上康生監督は「2人とも、覚悟を決めて日々過ごしているのを会うたびに感じる。これまで以上の過酷な戦いだが、最高の準備をして戦うのではないか」。金野潤強化委員長は「どれだけ自分の柔道を信じきれるか。想像もつかないが、技術よりも心の闘いになるのでは」と予想した。


■テレ東・竹崎由佳アナが挙げる3つの見どころポイント

テレビ東京は、男子66キロ級代表決定戦を13日午後4時から生放送する。竹崎由佳アナウンサー(27)が番組進行を担当。19年GS大阪大会でも中継を担当した浪速っ子が、代表決定戦の「3つの注目ポイント」を挙げた。

代表決定戦の注目ポイント1つ目を挙げる竹崎由佳アナウンサー(テレビ東京提供)
代表決定戦の注目ポイント1つ目を挙げる竹崎由佳アナウンサー(テレビ東京提供)

(1)会場は講道館 大舞台にふさわしく、柔道の創始者、故嘉納治五郎氏が創設した「聖地」で行われます。無観客開催で国際柔道連盟の国際ルールを適用し、国内試合では異例の青道着も導入されます。畳も国際規格の赤と黄色の畳に張り替えられ、大道場がどのように変わるのか。巌流島のような伝説の戦いになること間違いなしです。

代表決定戦の注目ポイント2つ目を挙げる竹崎由佳アナウンサー(テレビ東京提供)
代表決定戦の注目ポイント2つ目を挙げる竹崎由佳アナウンサー(テレビ東京提供)

(2)延長戦での決着率86% 2人の対戦成績を調べたら、全7試合中6試合が延長戦です。1試合平均7分34秒で、審判は日本人が務めるため、今回も長期戦の可能性があります。どちらから攻撃を仕掛けるか。組み手争いの駆け引きにも注目です。

代表決定戦の注目ポイント3つ目を挙げる竹崎由佳アナウンサー(テレビ東京提供)
代表決定戦の注目ポイント3つ目を挙げる竹崎由佳アナウンサー(テレビ東京提供)

(3)対照的な両者 柔道スタイルや雰囲気なども異なる2人ですが、けがをして苦しい時期を経験したことは共通しています。丸山選手は「動じない山」、阿部選手は「静かに燃える炎」というようなイメージで、勝利への執念を最初からぶつけてくるはずです。その2人の表情にも目を向けてもらいたいです。

丸山は奈良・天理大を拠点とし、阿部は神戸市出身と関西にゆかりがある。大阪出身の竹崎アナは「心拍数が既に上がっていますが、関西2大スターの大勝負を丁寧に伝えたいです」と大一番への決意を語った。

◆竹崎由佳(たけざき・ゆか)1992年(平4)12月16日、大阪府生まれ。青学大文学部卒。17年6月にテレビ東京に入社。主な担当番組は「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」(毎週金曜午後9時)など。趣味は節約。実家で猫8匹を飼うほどの猫好き。167センチ。血液型A。