「フェアリー」が新たな世界舞台に挑んだ-。新体操でロンドン・オリンピック(五輪)代表のサイード横田仁奈さん(26)が昨年10月、「美のオリンピック」と称されるミス・ユニバースの日本予選に挑んだ。伝統大会への参加を決めたのは、スポーツの魅力を届けるため。東京五輪では金メダル候補となる団体代表「フェアリージャパンPOLA」の後輩へのエールと合わせ、その思いを聞いた。【取材・構成=阿部健吾】

■オリンピアン初の挑戦

元新体操日本代表のサイード横田仁奈さん(撮影・青山麻美)
元新体操日本代表のサイード横田仁奈さん(撮影・青山麻美)

背景の木々の紅葉に映える凜(りん)とした立ち姿は、全身から快活なエネルギーが放たれているようだった。都内の公園で再会した新体操でロンドン五輪代表のサイードさん。その言葉1つ1つに、不安に満ちるコロナ禍をものともしない、前向きさが満ちていた。

「優勝は狙っていたので、悔しくて残念。ただ、その過程の中で、自分が課題としていた部分はクリアしたので、そこは達成感があります!」。はきはきと、湿り気がない。現役を引退して約6年。昨年10月まで、新たな世界舞台を目指した“試合”に挑んでいた。

ミス・ユニバース。52年に開始され、「美のオリンピック」とも称される、外見と内面の美しさを競う伝統大会。その日本代表を決める「ミス・ユニバース・ジャパン」の最終選考会が10月29日にあった。結果はトップ11のファイナリスト。五輪に出場したオリンピアンが、同大会に臨んだのは初だった。なぜ出場を決めたのか。

■自粛生活…自分に疑問

「自分はどうやって生きてきて、どういう表現が一番良くて、これからどうなっていくんだろう」

新型コロナによる自粛生活で、疑問は自分に向いたという。大学卒業後はスポーツブランドに就職し、選手のサポート役に回った。18年平昌(ピョンチャン)五輪にも同行した。表舞台にも舞台裏にも精通してきた。その先は…。

「表現」という言葉が、経歴を語る。「おばあちゃんより体が硬くて(笑い)」と飛び込んだ新体操教室だった。6歳から手具を握った。スポーツでも、とりわけ「表現力」という言葉が重みを持つ競技。何を見せるかが体に染みつく。

「五輪も延期になり、スポーツが収束しているのは感じていて、自分が主体となって発信していけるところはどこだろうと。五輪にかかわらず、スポーツは今後も1年1年、1日1日続く。それに対して何ができるだろうな、と」

12年8月、ロンドン五輪の新体操団体予選で華麗な演技を見せる日本チーム。手前から松原梨恵、深瀬菜月、田中琴乃、畠山愛理、サイード横田仁奈
12年8月、ロンドン五輪の新体操団体予選で華麗な演技を見せる日本チーム。手前から松原梨恵、深瀬菜月、田中琴乃、畠山愛理、サイード横田仁奈

自らの五輪の経験がそう思わせた。団体メンバーとして臨んだロンドン五輪最終日だった。

「最後の演技が終わった後でした。観客席から応援しにきた国以外の人や、新体操を知らない人も五輪はいる。そういう人が熱量を持って応援してくれ、歓声をあげてくれた。すごく心に残っていて、あの時の感動、見てもらっている人の感覚、その時しか得られないものだと思ってます」

そして6年後の平昌五輪。今後は見る側に回った。

「サポートする目線になった時も、応援する、全般的にスポーツに『見入る』というんですかね、集中して見ていると、その人の気持ちだったりプレーだったり、トータル的なすばらしさを感じ、自分も心を動かされました」

貧富の差も、国籍も関係なく、スポーツしか作れない魅力を感じてきた。だからこそ、再び「表現者」という立場になって伝えたい。それがミス・ユニバースの舞台だと思ったという。

引退後の数年は現役のように体を動かす機会がない時期もあったが、大会に出ると決めて、再び追い込む時間ができた。1日12時間の練習が常の新体操。「体の軸みたいなものは残っていますね」とほほ笑む。

■大統領選も差別問題も

12年6月、ロンドン五輪代表に決まり、ポーズを決める新体操日本代表の左から三浦莉奈、畠山愛理、深瀬菜月、サイード横田仁奈、松原梨恵、田中琴乃
12年6月、ロンドン五輪代表に決まり、ポーズを決める新体操日本代表の左から三浦莉奈、畠山愛理、深瀬菜月、サイード横田仁奈、松原梨恵、田中琴乃

「これまではニュースも主にスポーツばかりみていました。ただ、スポーツのニュースでも社会的な問題からつながることがあるなと。スポーツに関係ない社会ではない、つながっているんですよね」

本番では「内面」を問うスピーチも選考材料だった。体を操るだけでなく、言葉をどう操るかを考えるのは新たな刺激だった。そして、話題は多岐に及んだ。

「当時だと米国の大統領選などでしたね。いままで聞かれたことがないので。知識は少なかったですし、どう思うと聞かれても、自分の言葉で話せなかった」。黒人の差別問題に、テニスの大坂なおみが声を上げるのを目の当たりにした。

「私もミックスだったりするので、知識を持って話されているのを見るのは格好いいなと」

伝えたいと思っていたスポーツの魅力、その可能性の広さを感じ、決勝までの毎日を過ごしてきた。

■スポーツと社会は一緒

スピーチ、ウオーキング、水着などの審査をへて、最終選考会に進んだ。

「初めての挑戦だったからこそ、数カ月前から毎日のように考えて行動してきて、頭を動かすスピーチなども時間を費やして練習してきたので。それが全てステージ上で出せたのかな」

堂々と振る舞った。そしてもう、視線はその先を見つめる。4月からは都内で子ども向けの指導も始める。次の舞台は-。

「五輪を終えたり、なかったりしても、スポーツ自体が社会と一緒というのを感じたからこそ、よりスポーツの魅力も感じました。その魅力を伝えていきたいし、それはぶれないですね」

◆ミス・ユニバース 52年にスタートした、世界80以上の国と地域代表が参加して世界一の栄冠を競い合う美の祭典。ミス・ワールド、ミス・インターナショナルと合わせて世界3大ミスコンテストとも呼ばれる。過去の日本代表では、児島明子さん(59年)森理世さん(07年)が世界一に輝いている。

12年3月、フェアリージャパンのサイード横田仁奈
12年3月、フェアリージャパンのサイード横田仁奈

◆サイード横田仁奈(よこた・にな)1994年3月2日、東京都生まれ。父はパキスタン人。藤村女-国士舘大。09年に団体代表入りし、主力として活躍。ロシアで団体生活を送りながら、12年ロンドン五輪団体7位、10年世団体6位、11年世団体5位など。15年に引退。171センチ。

<フェアリージャパン東京五輪金への展望>

フェアリージャパンのメンバー
フェアリージャパンのメンバー

19年の世界選手権では、団体総合で44年ぶりの銀などメダル3つを獲得し、東京五輪では金メダル候補に連ねる「フェアリージャパンPOLA」。頼もしい仲間、後輩らの飛躍にサイードさんも胸を躍らせる。コロナ禍による1年延期中も連絡を取り合い、「モチベーションの低下は全く感じられない。プラスに捉えている」という。

フェアリーたちは常に競争の中にいる。現在のメンバーは、27歳から16歳まで10人で、試合では5人が演技する。「2チーム作れる人数で、常にレギュラー争いがあります」。昨年の春時点では、東京五輪のレギュラーはほぼ固まっていたが、延期で、その序列は再考。「ベテランも立場が確約されません。それによって、ピリッとした雰囲気が生まれ、緩くなくやってきたと思います」と見込む。伸びしろがある若手、それに対抗するベテラン。華麗な舞いを生み出す、厳しい争い。

従来、選手、スタッフは長期でのロシア遠征で実力を伸ばしてきた。五輪5連覇中の大国に飛び込み、世界に肉薄してきた。コロナで渡航がかなわず、昨年は都内を拠点に過ごしたことで、「より『日本らしさ』が出てくるはず。それも楽しみです」。現在の演目も、元はロシアコーチの振り付けだが、日本人指導陣がアレンジを続けている。日本にとどまっていたことで、より「日本化」した動きが洗練されていると期待した。

団体総合の決勝は大会最終日に置かれている。「優勝すると信じています。日本代表として、最も華やかな終わり方を見せてほしい」。妖精の最高の開花を心待ちにした。

新体操団体総合の五輪成績
新体操団体総合の五輪成績