国際オリンピック委員会(IOC)や開催都市の東京都から大会の運営を任され設立された「東京五輪・パラリンピック組織委員会」。今、約4200人(5月1日現在)の職員が働き、大会時には約8000人に膨らむ予定だ。14年1月、森喜朗元首相をトップにわずか44人で設立された組織委は、新型コロナウイルスによる史上初の延期を経験するなど、幾多の困難にぶつかってきた。そして今、世論調査では5、6割が大会を「中止すべき」とする中、組織委職員のホンネはどうあるのか、取材した。


東京五輪・パラリンピック開催可否の世論調査
東京五輪・パラリンピック開催可否の世論調査

▼9月考えるとマイナス

永田町かいわいでは「小池百合子知事が中止を言い出すのでは」とのウワサが出始めた。16年の都知事就任後、築地から豊洲市場移転を延期した結果、膨大な経費が余計にかかり大失策と、一部では評価された。都知事就任直後には、既に決定し、準備を進めていた五輪会場3カ所を突然、移転すると言い出し、大混乱したこともあった。

7月には都議選もある。女性初の首相を目指しているとされる小池氏は、パラ後の9月にもあるとされる解散総選挙に都知事を辞して出馬するとの見方もある。そこに向けたインパクトで「五輪中止」を打ち出すのではとの臆測だ。

ただ複数の組織委関係者が「さすがにそれはできない」と口をそろえる。「五輪中止のインパクトは9月まで持たないのではないか。中止となれば敗戦処理をしなきゃならない。それを放り出して衆院選に出れば、その先はないでしょう。丸投げして辞職など絶対にできない。中止したら最後まで責任を取るしかない」と話す。

他の組織委関係者も「9月には高齢者のワクチン接種が終わっていて、一般国民も打ち始めているだろう。感染者も落ち着いてくる。そうなると衆院選の時には『なんで都知事は五輪を中止したんだ?』という声が出てくるだろう。そしたら小池氏にとってはマイナス効果だ」と語った。


▼入場券収入ゼロも困る

観客上限の軸は「50%」か「無観客」か。現場も「早く決めてほしい」と願う一方で「無観客なら入場券収入ゼロ。決断を急がれても、それはそれで困るんです」と複雑な心情だ。別の関係者は「上限を5000人とする案も浮上してきた。それなら国立競技場、サッカーや野球などの大規模会場を中心に観客数の削減をすればいい」と語る。チケットは昨秋の払い戻しで2割、3月に断念した海外1割弱に「非公表のステークホルダー向け払い戻しも2度あり、既に計画の5~6割になっています」。現時点で50%または5000人に届かない会場も多く、削減対象の会場=購入者は一部で済む算段だ。

「発注した再抽選システムも完成しました」。ただ「大会場だけ削った場合の公平性」や「関係者枠はどう減らす」など課題は多い。その中で「IOCが先月も『チケットを追加販売できないか』と言ってきた」と明かす人も。2カ月前とは職員自身も思えない。


▼新国立白紙撤回の時も

政府や都から出向している官僚や公務員が多くいるが組織委は元来、五輪パラを運営するための集団で、分かりやすく言えば、大きなイベント会社だ。組織委は開催可否を決める組織ではない。大会が開催できるよう準備し、本番を滞りなく運営し、成功裏に導くことが仕事だ。

最終的に中止を決定できるのは主催者のIOCだ。続けて招致した開催地の東京都、国家事業だからこそ政府も「ギブアップ」を言える権限はあるだろう。IOCも都も政府も開催を目指しているが、国民の間で中止論が5、6割に上る中、組織委内にも不安視する声は数多くある。

「五輪反対が8割程度になれば持たないだろう」。ある組織委関係者はそう漏らす。振り返れば、整備費高騰で新国立競技場の計画が白紙撤回された際も、反対が8割程度だった。今回も同様になれば政権は立ちゆかなくなり、「中止せざるを得ないかもしれない」と話した。


▼現場担当ギリギリ悲鳴

組織委の一般職員は五輪に批判的な国民の声に戸惑いを感じつつも、本分である大会準備の手を止めるわけにはいかない。ただ、延期し、観客上限の決定を先延ばししている代償は大きい。

チケットを担当する職員は「本当に早く観客上限を決めてくれないと、再抽選をするにしても間に合わない」と愚痴をこぼした。続けて「現場の職員はギリギリのところでやっている。これ以上先延ばしされては持たない…」と悲鳴を上げた。

選手村関係に従事する職員は「次々に業務が舞い込んでめちゃくちゃですよ。大変どころじゃない」と語る。コロナ対策を徹底しなければならない選手村の計画は当初から大幅に変更があり、その作業に追われていた。

各国際競技連盟(IF)との板挟みに悩む職員もいる。メディアの取材体制を検討する職員は「コロナ対策を取りながらメディアが求める取材環境を整えることのバランスの取り方が難しい」と語る。ミックスゾーンは記者同士の距離を1メートル離さなければならないが、あるIFからは「もっと記者を入れられるようにしてほしい」と要望があり、苦悩していた。


▼政治力ほしい日が来る

2月に辞任した森前会長。「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と言った発言自体への批判はあったが、組織委関係者の多くが森氏の辞職を惜しんだ。ある組織委職員は「開幕まで5カ月余りで森さんがいなくなって、大会は大丈夫か」と心配した。他の組織委関係者は「森さんがいたから、これだけの会社が大会スポンサーになってくれた部分がある。足しげくスポンサーの会社まで通い、頭を下げていった。電通だけではここまで集められなかっただろう」と語った。

また他の組織委関係者は「橋本会長はものすごく一生懸命にやられている」と話す一方で、「開催か中止かと世間で言われている中で、IOCや政府に対し、森さんの政治力があったらと思う日が来るかもしれない」と漏らした。【三須一紀、木下淳】