「序列」って何? 競技の奥深さや魅力をスペシャリストに聞く「教えて○○さん」。第5回はアーティスティックスイミング(AS)。84年ロサンゼルスオリンピック(五輪)銅メダリストで日本水連AS委員長の本間三和子氏(60)が登場。採点競技のASは、順位の変動が少なく「最初から順位が決まっているのでは?」という疑問がある。国際水連のAS技術委員会(TASC)でルール整備も行う同氏に「序列」「格付け」について直球質問。その正体とは-。【取材・構成=益田一弘】

5月、アーティスティックスイミング日本選手権で、チームフリールーティンにオープン参加し演技する日本代表
5月、アーティスティックスイミング日本選手権で、チームフリールーティンにオープン参加し演技する日本代表
 
 

井村雅代HCが率いるAS日本代表。現在はロシア、中国、ウクライナに次ぐ世界4位の格付け。井村HCは「失うものは何もない」と逆転メダルを狙う。しかしそもそも世界4位はどこから来るのか。試合前から順位=序列があるのか?

本間氏 国によって順番はありません。ただそれまでの結果が採点のベースになることは私も感じます。リオ五輪後は順位の入れ替わりも増えて、影響は少なくなっているのも事実。ただ採点するのは人。やはり直近のスコアは、頭に残っている。いくら記憶を消せ、といっても限界がある。

日本は19年世界選手権でロシア、中国、ウクライナに次ぐ4位。昨年以降はコロナ禍で上位国と直接対決がなく、その並びを覆す機会がなかった。本来は演技の内容、出来で採点されるべきだが、大きく順位が変動しづらい理由は水中で行う競技の特性にあるという。

本間氏 体操や飛び込み、フィギュアスケートではミスがわかりやすい。転倒すれば、減点。しかしASは水の中でそもそもミスが少ない。バランスを崩しても、陸の上なら倒れるが、浮力があって足が傾く程度。チームならば8人のうち1人の足が傾いたとして、最長4分の演技の中で1秒にも満たない。ほんの一部にすぎないミスが、4分の演技をトータルで採点する時、どれほどの割合を占めるか。リフトの失敗はわかりやすく減点だが、それも0・1~0・2点ほど。1つの失敗で9点台が8点台になることはない。100点満点の中で、一気に5点、10点とは上下しづらい。

日本水連の本間三和子シンクロ委員長
日本水連の本間三和子シンクロ委員長

体操が採用したAIによる「採点支援システム」もASでは困難だ。チームでは8人が複雑に隊形を変え、水しぶきが上がる。しかも水中に沈み、それぞれが違う場所で同時に浮き上がる。現在の技術では把握しきれず、熟練した審判=人の目に頼らざるを得ない。

審判は演技をトータルで見て10点満点で採点する。65歳定年制。審判自身も5段階で査定されて、偏った得点を出せば、次の試合で外される。採点する要素も、難易度、完遂度など3つに細分化されており、できるだけ個人の主観を排した採点方式を模索している。

本間氏 私は選手時代からすごく疑問を感じていた。「今日は調子が悪いのに、なんでこんな点を出してくれるの?」と。主観的だなと。それで00年にTASCに入ってルールを整備したいと思った。ちょっとずつでもルールを変える。選手、コーチは365日練習して成果を出している。審判も日々勉強してそれに応えるよう、人を養成しないといけない。それでもう21年。いたちごっこですが。

ASは、摩訶(まか)不思議=わかりづらさが要因。水の中でミスが少ない→しかもミスが目立たない→得点が大きく上下しない→直近のスコアが参考にされやすい。このサイクルが「序列」の正体といえる。井村HCは「攻めていくしかない」と本番直前まで演技を改良する構え。序列を破壊して逆転メダルを狙う。

 
 

<アーティスティックスイミングの楽しみ方>

華やかなASは、夏季五輪を代表する種目だ。どこを見れば、より楽しめるのか。本間氏が説明した。

<1>高さ 水上に出る部位に応じて得点の目安がある。「動的高さ」は、水中から一気に飛び出した時の到達点。頭から上がった時は水着のすべてが見えると9・5点。「静的高さ」は、足や上半身を出してキープした時の高さ。足の場合は、ひざで5・5点、足の付け根で9・5点となる。

<2>リフト アクロバティックなジャンプなど大きな見せ場といえる。高さ、ひねりの数もあるが、本間氏は「サプライズ、独創性が大事です。終わった後に心に残るもの。それがアーティスティック・インプレッション(芸術性)です」。

<3>フォーメーション お互いの距離が近い(密集)と難しい。その上で、隊形が伸びたり、縮んだりする変化が求められる。最も難しいのは足技をしながら隊形を変えること。「水中を移動して隊形を変えるのは簡単。隊形を整えてから上がればいい。足技の最中に変える場合は背中合わせでお互いが見えてない」。

五輪では各国が自国の文化、民族性を主張するルーティンを披露する。ロシアは組織的なドーピング問題で「ROC(ロシアオリンピック委員会)」として出場。「東京」がテーマの演目を急きょ変更して、ロシア民謡をこれでもかと連発する。本間氏は「自分たちはロシア人だ、というプライド。五輪はそんなテーマ性の強いものが多い」とした。

◆採点方法

5人ずつの審判員で構成される3つのパネル(審判団)が、0・1点刻みの10点満点で採点する。各パネルの最高点と最低点は除外して、残り3人の得点を平均して、各要素に設定された割合を乗じて得点を出す。割合は、テクニカルルーティンで完遂度30%、印象度30%、規定要素40%、フリールーティンで完遂度30%、芸術性40%、難易度30%に設定されている。100点満点。

 
 
東京五輪のAS日程
東京五輪のAS日程

◆本間三和子(ほんま・みわこ)1960年(昭35)12月21日、大阪市生まれ。旧姓は元好。84年ロサンゼルス五輪で初採用されたシンクロナイズドスイミング(当時)でソロ、デュエットで2個の銅メダルを獲得。当時のコーチは井村雅代だった。00年から国際水連でAS技術委員会、09年から日本水連のAS委員長を務める。筑波大教授。

(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「東京五輪がやってくる」)