東京オリンピック(五輪)スポーツクライミング男子代表の楢崎智亜(25=TEAM au)が、このほど日刊スポーツの取材に応じ、初の夢舞台への思いを語った。幼少期に器械体操で目指していた五輪は、運命に導かれるように競技を変更して挑むことになった。原点の木登りで培った「遊び心」を大切に壁と向き合うトップクライマーは16日後、世界の頂点に立つことを誓った。【取材・構成=峯岸佑樹】

6月、複合ジャパンカップで優勝した楢崎智亜(撮影・峯岸佑樹)
6月、複合ジャパンカップで優勝した楢崎智亜(撮影・峯岸佑樹)

■「歴代最強」の「使命」

五輪開幕まで3日と迫り、楢崎が5年越しの夢をかなえる時がついに来た。16年にスピード、ボルダリング、リードの3種目複合が五輪競技に初採用されてから目指してきた「歴代最強クライマー」の称号。コロナ禍の影響で大半の会場の無観客開催が決まったが、25歳のクライマーはホスト国代表としての使命感に満ちている。

楢崎 こういった状況下で開催してもらい、金メダル獲得が自分の使命だと考えている。初代王者になって、1人でも多くの方に勇気や希望、活力を与えたい。

■けが絶えない子供で

原点は、遊びの木登りだった。幼少期から宇都宮市の自宅近所にある高さ10メートル以上の木に無我夢中で登った。落下してけがも日常茶飯事。出血しながら、目の前の大木を登り続けた。

木登りする小学1年生の楢崎智亜(UDN SPORTS提供)
木登りする小学1年生の楢崎智亜(UDN SPORTS提供)

楢崎 けがの絶えない子供で、木から落ちて顔だけでも頭、顎など4カ所ぐらい縫った…。骨折も何度もして親に迷惑をかけた。木の上でお弁当を食べたり、とにかく自然と遊ぶことが大好きだった。

この頃から木登りとクライミングの共通点である「自由に発想して登る楽しさ」を実感した。スポーツ万能で、小4までの6年間は器械体操を習った。名門の栃木・鹿沼ジュニア体操クラブでは関東大会に出場するほどの実力で、当時は体操で五輪を目指した。新聞のチラシを見てクライミングジムに通い始めた3歳上の兄、未知瑠さんの影響で競技にのめり込んだ。「遊びの延長」が、時を経て日の丸を背負うまでになった。

力強く壁を登る小学生の楢崎智亜(UDN SPORTS提供)
力強く壁を登る小学生の楢崎智亜(UDN SPORTS提供)
器械体操に励む小学生の楢崎智亜(UDN SPORTS提供)
器械体操に励む小学生の楢崎智亜(UDN SPORTS提供)

楢崎 不思議な人生だけど、本当にスポーツ好きなんだなと思う。(医師の)父親にも「遊びの天才」と言われたこともあるし、体操のおかげで(競技で重要な)空間認知能力を培ったり、跳んだりする際の体を操る動きが他の選手より優れていると感じる。木登りと体操があったからこそ、今の自分がいる。それは間違いない。

■トモアスキップ考案

宇都宮北高3年時にボルダリングのW杯に初出場。「世界で勝てる可能性を感じた」とし、卒業後のプロ転向を決意した。しかし、「プロ=仕事」という感覚ではなく、柔軟な発想力で壁と向き合うために、今も木登りした時のような「遊び心」を大切にする。プロ2年目の16年に才能は開花。ボルダリングでW杯年間王者と世界選手権の2冠を達成。世界ランキングも30位台から1位になった。同年に東京五輪での競技採用も決まり、日本選手とは無縁だったスピードの強化に着手。18年には既成概念にとらわれない考えでスタート直後の左側のホールド(突起物)を飛ばして登る「トモアスキップ」を考案した。“必殺技”を武器に、今年3月のスピードジャパンカップ決勝では、自身が持つ日本記録を0秒07更新する5秒72をマークして優勝。当初2秒以上離れていた世界記録(5秒48)との差も0秒24まで縮まった。

楢崎 スピードの成長が大きな自信につながった。下部パートだけなら歴代トップ3には入ると思うし、残り期間でまだまだ伸びる。上部パートをいかにつめられるかがポイントで、本番では自己ベスト更新と金メダル獲得のために2位以上を狙いたい。

コロナ禍での1年延期も「準備の幅が広がった」と前向きに捉える。競技と向き合い、技術面や体力面で試行錯誤を重ねてきたが、最後は「気持ち」と言い切る。16日後の大舞台では、選手の間で「宇宙人みたいに強い」と評されるアダム・オンドラ(チェコ)に競い勝ち、世界が認める「歴代最強クライマー」の称号を手にしたい考えだ。

楢崎 アダムとの真剣勝負は本当に面白いし、彼との距離も確実に縮まっていると思う。五輪では程よい緊張感を持ちつつ、「楽しむ」ことが結果につながると信じている。自分自身にも期待しているし、この5年間で積み上げてきたものを発揮して、世界にどれだけ強いか証明したい。

ダイナミックな登りで「ニンジャ」の異名を持つ日本のエースは、頂点だけを狙う。

スポーツクライミング五輪男女代表
スポーツクライミング五輪男女代表

◆楢崎智亜(ならさき・ともあ)1996年(平8)6月22日、宇都宮市生まれ。兄の影響で小5からクライミングを始める。同時期にやっていた器械体操が競技に好影響を与え、実力を伸ばした。宇都宮北高卒業後にプロ転向。16、19年W杯ボルダリング年間総合王者。19年世界選手権複合金メダル。趣味は読書。弟明智(22)も日本代表で活躍。170センチ、62キロ。

スポーツクライミング
スポーツクライミング

◆スポーツクライミング 東京五輪ではスピード、ボルダリング、リードの3種目複合で争う。スピードはホールドの位置が国際統一基準で定められ、2人で高さ15メートルの壁を登るタイムを競う。フライングは失格。ボルダリングは高さ4~5メートルの壁に多数のホールドが設置され、複数の課題(コース)に挑んで制限時間内の完登数を争う。壁の高さ12メートル以上のリードは制限時間内での到達高度が記録となる。複合の総合点は3種目の順位をかけ算して算出し、スピード5位、ボルダリング1位、リード3位なら「5×1×3」で15点。点数の少ない方が上位となる。24年パリ五輪ではスピードが単種目、ボルダリングとリードの2種目複合が実施される。

(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「東京五輪がやってくる」)