<東洋大陸上競技部監督 酒井俊幸(40)>

 学生スポーツは勝つことがすべてじゃないと思います。では、何を教えるのか。18歳から22歳までのわずか4年間。途中で成人になり、就職にも直面します。

 東洋大の駅伝スローガンは「その1秒をけずり出せ」です。1秒の前に「その」とつけたのには理由があります。「その1秒」、そこに思いを込めろ。「その」と問われた時、何が頭をよぎるのか。誰の顔が浮かぶのか。出来事でも、震災でも故郷でもいい。楽しかったこと、母親との思い出、友人、恋人だって、祖父母との思い出でもいい。自分が勝つという欲のために走るのか、誰かのために耐えるのか。「その」、この2文字にこそ、待っている人のために懸命に走る、駅伝の精神があると考えています。

 そのためには克己心が必要です。己を知り、克服する。とても難しいことです。自分を知るとはどういうことか。メンタルの事実を知る、コンディションを知る。そこからチームメートとチームを知る。その過程の中で、自分さえ良ければいい、という考え方から1歩先へ進んでほしい。

 私はよく学生に言います。「涼しい顔をして、その競技から離れていく(卒業する)走りはするな。画面から、見ている人にそのランナーのスピリッツが伝わる走りをしろ」。

 こういうものの積み重ねの先に「勝つチーム文化」が見えてきます。現役選手には後悔してほしくない。そして、行き着くところは代表だと思います。20年には東京で五輪があります。マラソン、競歩でその大舞台に挑んでもらいたい。私と同年代の石川末広選手はリオデジャネイロ五輪に出場しました。とても苦労した末につかんだ晴れ舞台でした。

 私は、選手にはそのチームに必要な人材になってもらいたいと常に考えています。そして指導者になってもらいたい。もちろん、4年間の競技生活の中でやめる子もいます。そういう子にも私は教職を勧めています。


(2017年3月29日東京本社版掲載)

【注】年齢、記録などは本紙掲載時。