2月、日刊スポーツに1通の手紙が届いた。差出人は障がい者ボート(パラローイング)強化指定選手の有安諒平(32=東急イーライフデザイン)。文面には「選手の1人として競技の認知度を向上させ、20年東京パラリンピックを盛り上げたい」という熱意がつづられていた。視覚障がい者柔道から転向して2年の有安は、PR3クラス・混合かじ付きフォアのクルーとして東京大会出場を目指している。今月21日、神奈川県相模湖での強化合宿を訪ね、その思いを語ってもらった。【取材・構成=小堀泰男】

読者のみなさん、こんにちは! 障がい者ボート強化指定選手の有安です。僕は今、PR3クラス混合かじ付きフォアという種目で東京パラリンピック出場を目指しています。

この種目は視覚障がい者と肢体不自由者のクルーが男女2人ずつと、性別、障害の有無を問われないコックス(舵手=だしゅ)の合計5人が同じボートに乗り込んでレースに臨みます。男女、障害特性の異なるデコボコのクルーが最大のパフォーマンスを発揮するために歩み寄り、協調しなければなりません。水泳や陸上でも異なる障害の選手のリレー種目がありますが、それは個の力の足し算。僕たちの種目は全員が調和することで、結果が個の力のかけ算になることもある。そこが難しさであり、大きな魅力です。

ただ、障害に関する規定もあってクルーをそろえるのが難しい。去年までは日本ボート協会の設定する強化・育成基準を超えるタイムを持った女子が陸上から転向した八尾さん1人で、大会に出場できませんでした。年末にブラインドサッカー女子日本代表の主将だった斉藤さんが育成指定選手になり、今年からやっとレースに出られるようになりました。

カヌーをやっていた坂口君、去年の世界選手権のかじなしペア(パラリンピック種目外)で僕と4位になった西岡さんに加え、コックスは健常者の日本代表経験もある立田さんが務めてくれます。キャリア12年の西岡さん、立田さん以外はボートを始めて2年以内のメンバーですが、5月の国際大会(イタリア)を経て、8~9月の世界選手権(オーストリア)で8位以内に入れれば、東京大会出場権を獲得できます。日本はこれまでパラリンピック3大会に1種目ずつ出場していますが、すべて推薦枠でした。僕たちはPR3クラスでの初出場を自力で勝ち取りたいと思っています。

2月に発表された東京都の世論調査でボートは東京大会22競技中、認知度で19番目という結果が出ました。スポンサー探しに苦戦し、練習環境も決して整っているとは言えません。少しでも認知度を向上させることが、そのスポーツ自体の価値につながってくる。価値を高めていかないと選手のモチベーションも、競技の魅力も上がりません。選手として強くなることが本分ですが、普及や認知度向上にも力を尽くしていきたい。それが選手増、競技力向上にもつながると思っています。ボート競技の応援、よろしくお願いします。

■医学研究科博士課程

○…有安は現在、杏林大医学研究科博士課程の4年に在学中で、神経生理学の研究に取り組んでいる。視覚障がい者柔道でも強化選手の実力者だったが、研究と稽古の両立が時間的に難しくなったことが転向の一因だった。「ボートの練習は1人で深夜にもできるから」と、自宅にエルゴメーター(室内でボートをこぐ運動ができるマシン)を設置している。博士論文用の研究も順調に進めているが、当面は20年東京大会出場に注力するという。

◆有安諒平(ありやす・りょうへい)1987年(昭62)2月2日、米サンフランシスコ生まれ。東京・自由学園中等科在学中の15歳の時、黄斑ジストロフィーの診断を受け、視覚障がい者となる。同学園高等科を経て最高学部(大学)2年時に筑波技術大に転学。理学療法士を目指すと同時に柔道を始める。同大卒業後、筑波大で医学工学連携の研究機関に3年間在籍。その後1年間、理学療法士として臨床経験を積み、28歳で杏林大医学研究科博士課程入学。生理学系身体機能制御学専攻で神経生理学を研究している。17年に柔道から転向。

 

<遠藤は転向2年>10年バンクーバー・パラリンピックのアイスホッケーで銀メダルを獲得した遠藤隆行(41=川越市役所)もPR1の強化指定選手だ。車いす陸上を経て2年前に転向した。「最初は力任せだったけど、最近になってコツをつかめた感じがするんです。でも、ボートはキツイわ~」と笑顔。昨年の世界選手権15位から東京出場を目指している。

 

■■ボートアラカルト

◆北京から パラリンピックでは08年北京大会から正式競技に。欧州で盛んで「パラローイング」と言われる。コースは五輪と同じ2000メートルで着順を争う。

◆クラス・種目 障害の程度によってPR1~PR3まで3クラスに分かれ、パラリンピックでは4種目が行われる。

<PR1=シングルスカル>男女1人乗り。下肢障害。腕と肩だけで両手でオールをこぎ、自足歩行が不可能な車いす選手が対象。艇のシートは固定で背もたれがあり、ベルトで胸部を押さえる。安全のため艇の両側にポンツーン(浮き)をつける。

<PR2=混合ダブルスカル>男女ペア2人乗り。下肢障害。腕と胴体を使って両手でオールをこぐ。足切断の選手が対象。艇のシートは固定だが、背もたれはない。

<PR3=混合かじ付きフォア>男女2人ずつ4人にコックスが同乗。選手は両手で1本のオールをこぐ。上肢や下肢に切断、まひ等の機能障害があるが下肢の屈伸でシート操作が可能な肢体不自由者と、B1(全盲)~B3(弱視・視野狭さく)の視覚障がい者(最大2人まででB3は1人のみ)が対象。コックスは男女、健常、障害の区別なし。

◆東京出場へは? 各種目に12カ国が出場する。代表決定方法は以下の通り。

<PR1>(1)世界選手権7位以内(2)世界4地域(日本はアジア・大洋州)予選1位(3)世界最終予選1位

<PR2・PR3>(1)世界選手権8位以内(2)世界最終予選2位以内(3)推薦・開催国枠2=日本はすべての種目で自力で出場権を得られなかった場合にどちらか1枠。