17歳のエース、玉井陸斗(JSS宝塚)が日本飛び込み界の悲願を達成した。決勝で507・65点をマークし、銀メダルを獲得。1920年アントワープ大会の初参加から100年を超える歴史の中、初のメダリストとなった。これまでの五輪で日本勢最高は1936年ベルリン大会の男子板飛び込みの柴原恒雄と女子高飛び込みの大沢礼子の4位。若きエースが、パリの地で新たな歴史を刻んだ。
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表彰台に上った玉井は、首からさげた銀メダルをじっと見つめた。「写真で見ていた通り。憧れというか、目標でもあるものだったので重みがあります」。日本飛び込み界悲願の初メダル。「今までいろんな記録を塗り替えて来れたけど、今までにないくらいうれしい」。高校生らしい満面の笑みがこぼれた。
4本目までを終え、トップの中国選手まで約3点差の2位。金メダル争いに絡んだが、5本目で苦手意識のある307C(前逆宙返り3回半抱え型)が39・10点となる痛恨のミス。「金メダルが取れる位置にいるという緊張感に負けた」。1位を走る選手が遠ざかった。動揺した。
迎えた最終6本目。得意の5255B(後ろ宙返り2回半2回半ひねりエビ型)。「必殺技」「相棒」と信頼を置く技。「自分はやればできるんだ」。手すりに寄りかかりながら息を整え、言い聞かせた。運命の1本。入水時は「オーバーかな」とミスを案じたが、チームの喜ぶ姿を見て確信した。ノースプラッシュで99・00点。決勝で全選手を通じて最高得点をマークしてメダルをつかんだ。歴史が変わった瞬間だった。
須磨学園高に通う3年生。今年6月末には、競泳部員の応援のため県大会に駆けつけた。部内の飛び込み選手は玉井のみで、練習拠点も別。それでも玉井の試合には部員の応援が響き、パリ五輪へ向けて寄せ書きも贈られた。だからこそ、自身も仲間たちに声援を送り、優勝を恩返しにしたい思いは強かった。
快挙で恩返しを成し遂げた。それでも、頂点も見えていたからこそ、すでに意識は4年後に向かう。28年ロサンゼルス五輪。「失敗しない演技ができれば、中国の選手に勝てる位置にいると思う。銅とか銀とかじゃなくて、金メダルと確実に言えるようになる」。中国選手1人を抜いた17歳。“打倒中国”を果たし、次は最も輝くメダルを胸にかける。
▽馬淵崇英コーチ(玉井の銀メダル獲得に)「長い間メダルを追いかけて、やっと取れた。今日メダルと正式に結婚できた。世界の頂点まであと1歩。4年後の楽しみと目標ができた」
◆玉井陸斗(たまい・りくと)2006年(平18)9月11日、兵庫・宝塚市生まれ。3歳の時にJSS宝塚で水泳教室に通い始め、小1で飛び込みを始める。小5から本格的に寺内健氏らと練習。19年4月に日本室内選手権で12歳7カ月の史上最年少優勝。東京五輪は7位入賞。好きな食べ物は牛タン。家族は両親と兄。160センチ、55キロ。



