日本サッカー協会(JFA)相談役の川淵三郎氏(83)が新会長候補に急浮上するも一夜にして白紙撤回に至った東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の人事を巡る急転劇。組織委の理事、評議員による合同懇談会後、都内や千葉市内の自宅前で取材に応じ、川淵節で事のいきさつを包み隠さずに説明した。
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川淵氏は12日夜、千葉市内の自宅で日刊スポーツの取材に応じ、前日に会長就任の要請を受けた森氏へ電話で謝罪したことを明かした。「新聞記者の皆さんに話したことで迷惑をかけてすみません」と言った。森氏からは「話が漏れて残念だったが、そんなことは気にしないで良いですよ」と言われたという。
前日、たとえ森氏から就任の打診を受けていたとしても報道陣を前に、それを明かすべきではなかった自覚がある。「俺が黙っていれば(会長の話が)前に進んでいたかも」と話した。
ただ、会長を退く森氏に後任を推薦する資格はなかったとの考えを示し、今回のプロセス自体が実現困難だったことも認めた。「森さんが今回のことで国会で追及されたら大変。そこで川淵との密室で決まったとも言われたくないからね」。
辞退を表明した組織委の合同懇談会後、予定にはなかったが、記者団のぶら下がり取材に応じた。川淵氏は終始明るかった。辞退を表明した際の様子を聞かれると「シーンとしていた。言葉はない。良かったなと思ってくれたんじゃない」と笑った。
森氏への相談役を依頼した点が問題だったことを問われると「あたかも自分が会長になったかのような、候補になるかのような発言だった。理事にもなっていないのに、それは良くない。全ての責任は自分である」と語った。
今後、選考委員会で新たに会長候補に挙がっても「それはノータッチだ」と、会長選に関わることを否定。「挙がらないと思うけどね」とおどけたりもした。
政府内で異論が噴出したことについて「政府がそう言ったということで報道があったが、詳しい話は全然分からない」。不穏な空気を感じ始めた時期を問われると「昨日ぐらいからまずいなと思ったね。俺だけ理事でもないのに突出して会長候補となっていることに、どう考えても異常。僕が仮に組織委の理事だったら不愉快に思うよね。なんだこいつって」とあっけらかんと言った。
評議員についてはこれまで通り、続ける意向を示し、選手村の村長も「それは続けたい」と切実に語った。最後も川淵節。「サービス精神旺盛だからどんどんしゃべっちゃう。もうこれで終わり! もうしゃべらない!(笑い)」と自らぶら下がり会見を打ち切り、組織委のオフィスを出て行った。【三須一紀、平山連】
◆川淵氏の失言 06年サッカーW杯ドイツ大会から帰国直後の6月。W杯総括会見で「(五輪代表)監督はあくまで反町。スーパーバイザー的な立場、総監督として『オシム』が、あっ、オシムと言っちゃったね…」と発言。極秘情報を内定前に自ら口にし「うそをついて取り消すのも…。どうしようかねえ。頭を整理し切れずに(名前が)出てしまった。なかったことにはならないだろうね」。会見を中断し、関係者に電話で謝罪。これを発端に、オシム氏に打診していることが発覚。意図的なのかどうかファンの議論を呼んだ。これによってサポーターの気持ちを、日本敗退ショックから立ち直らせることに成功した。


