小4転校先で学級委員長と出会い 運命が動き出す/佐々木朗希 奇跡の軌跡〈3〉

ドジャース佐々木朗希投手(23)がメジャーリーガーになりました。すごさの本質は唯一無二の歩みにあります。岩手・陸前高田市出身。11年3月、東日本大震災の大津波で父と祖父母を失い、家も流されました。どん底から最速165キロで夢をつかんだ“奇跡の軌跡”を、これまでの佐々木本人や周囲の証言、震災14年後の取材から、全4回でお届けします。

プロ野球

◆佐々木朗希(ささき・ろうき)2001年(平13)11月3日、岩手県陸前高田市生まれ。大船渡では甲子園出場なしも、U18高校日本代表候補合宿の紅白戦で高校生最速163キロをマーク。19年ドラフトで4球団の1位指名を受け、ロッテ入団。22年4月10日オリックス戦でプロ野球新記録の13者連続三振を奪い、史上16人目の完全試合を達成。23年に日本人最速の165キロを計測。23年WBC日本代表。NPB通算64試合、29勝15敗、防御率2・10。192センチ、92キロ。右投げ右打ち。

転校先の小学校校庭で仮設住宅生活 隣家の声は筒抜け

ドジャース佐々木がかつて暮らした仮設住宅があった猪川小の校庭(撮影・金子真仁)

ドジャース佐々木がかつて暮らした仮設住宅があった猪川小の校庭(撮影・金子真仁)

佐々木朗希はライトを守っていた。近くには黄色い滑り台がある。

大船渡市立猪川(いかわ)小学校の校庭には、震災後の数年間、仮設住宅が並んでいた。

令和7年の今、子どもたちは野球をやっている。ちょうどライトの位置に、佐々木家があった。

当時の写真が陸前高田市の「東日本大震災津波伝承館」に残っている。猪川小の校庭には9棟が並び、それぞれが5、6世帯に区切られる。

避難所生活よりは各家庭のプライベートが保たれている。でも「隣の家の人の声はまる聞こえでした」と母陽子さん。

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。