【西武西口文也監督に聞く】どん底就任から交流戦V「今はちょっとできすぎてる」前編

西武が初めて交流戦Vに輝き、秋のリーグ優勝へ弾みをつけました。2年前のどん底からの再生。思い切った采配が目立つ西口文也監督(53)に、担当記者が1対1でひざを突き合わせる時間をいただきました。前後編でお届けします。

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◆西口文也(にしぐち・ふみや)1972年(昭47)9月26日生まれ、和歌山市出身。県和歌山商-立正大を経て、94年ドラフト3位で西武入団。96年から7年連続で2桁勝利を挙げ、97年MVP、沢村賞。最多勝2度、最多奪三振2度、最高勝率1度。ベストナイン2度、ゴールデングラブ賞3度。15年に現役引退し、17年に2軍投手コーチで復帰。1軍コーチを経て22年から2軍監督、25年から1軍監督。昨年は63勝77敗でパ・リーグ5位。プロ通算436試合、182勝118敗、6セーブ、3ホールド、防御率3・73。


記者の質問に答える西武西口文也監督(撮影・鈴木正人)

記者の質問に答える西武西口文也監督(撮影・鈴木正人)

交流戦の入り「あれ、勝ったの大きかったね」

金子 交流戦の入りは好調ヤクルトでした。キハダ投手が無失点。入りの難しさはありましたか?

西口監督 勢いあるヤクルトさん相手でね、勝てばこっちが勢いに乗れるだろうと踏んでたんですけど、まぁ2勝1分け。そのあとにはつながったかな。

金子 9回2死からモンテル選手に同点本塁打。去年まで西武にいた選手なだけに、何となく流れが…という感じはしました。

西口監督 あれ、勝ったの大きかったね。9回2死から、こう言ったら失礼かもですけど、まさかあそこで1発が。想像できなかった中で打たれてしまって追いつかれて、ちょっとガクって来そうなところでしたね。延長で勝ち切れたのは非常に大きかったです。

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1980年11月、神奈川県座間市出身。法大卒、2003年入社。
震災後の2012年に「自転車日本一周」企画に挑戦し、結局は東日本一周でゴール。ごく局地的ながら経済効果をもたらした。
2019年にアマ野球担当記者として大船渡・佐々木朗希投手を総移動距離2.5万キロにわたり密着。ご縁あってか2020年から千葉ロッテ担当に。2023年から埼玉西武担当。
日本の全ての景色を目にするのが夢。22年9月時点で全国市区町村到達率97.2%、ならびに同2度以上到達率48.2%で、たまに「るるぶ金子」と呼ばれたりも。