もしもトランプ大統領の父が56年前に日本人も参戦した野球リーグに関わっていたら
もしかしたら、違う歴史があったかもしれません。4月7日(日本時間8日)、前年ワールドシリーズ覇者のドジャースが米国の首都ワシントンのホワイトハウスを訪問。大谷翔平投手(30)とトランプ大統領が握手を交わしました。トランプ家と日本人選手がつながった瞬間でしたが、実は半世紀以上も前、トランプ家は日本人も加わったある野球リーグと関わりを持ちかけていました。知られざる歴史の裏側を紹介します。
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60年代後半アメリカ第3のリーグ
トランプ家とある野球リーグの関わりができかけたのは、60年代後半だった。米国で不動産業を営むウォルター・J・ディルベックという人物が、トランプ家に誘いをかけたという。
「ディルベックはマッシー・ムラカミ(村上雅則)が(64、65年に)大成功したのを見て、日本からいい選手を引き抜き、大リーグからも引き抜いて、日米が交ざったチームをつくろうとしたんじゃないですかね」
そう話すのは、福井勉さん(82)。
日本からは東京ドラゴンズ参戦
ディルベックは69年に「グローバル・リーグ」という国際野球リーグをベネズエラで開いた。米国、ドミニカ共和国、ベネズエラ、プエルトリコの各チームに、日本からは元中日のホームラン王、森徹率いる東京ドラゴンズが参戦。ずさんなリーグ運営のため、開幕からわずか1カ月足らずで資金が枯渇し、解散となるのだが、甲子園球児だった福井さんもドラゴンズでプレーした1人だ。
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1977年3月生まれ、福岡市出身。平和台球場がプロ野球観戦の原点。センター裏のうどんが美味しかった。高校ではラグビーにいそしんだが、背番号はだいたい18番。取材でも控え選手に引かれる理由かも。
大学卒業後は外務省に入り、旧ユーゴスラビア諸国で勤務。街中を普通にプロシネチキが歩いているような環境だったが、サッカーには入れ込まなかった。むしろ、野球熱が再燃。30歳を前に退職し、2006年6月、日刊スポーツ入社。斎藤佑樹の早実を皮切りに、横浜、巨人、楽天、ロッテ、西武、アマチュア、侍ジャパン、NPBと担当を歴任。現在はデスク、たまに現場。
好きな選手は山本和範(カズ山本)。オールスターのホームランに泣いた。
