【ヤクルト由規コーチ】甲子園最速更新の横浜・織田に胸躍る…”由規の衝撃“から19年

ヤクルト由規2軍投手コーチ(36)が横浜(神奈川)の最速157キロ右腕、織田翔希投手(3年)にエールを送りました。同コーチは高校時代の07夏に当時の甲子園史上最速となる155キロを計測。“由規の衝撃”から19年。織田投手が8月14日の日南学園(宮崎)戦で156キロをマークして最速記録を更新しました。かつての剛腕が語る直球論。そして未来の剛腕に送るメッセージとは。

プロ野球

★由規コーチが語った主な内容

  • 「球速はロマン」剛腕が語る直球論
  • 織田の156キロ中継で目撃 最速更新を予感した瞬間
  • 次世代の剛腕へ「160キロは簡単に出るんじゃないかな」

◆由規(よしのり)本名佐藤由規。1989年(平元)12月5日、仙台市生まれ。仙台育英では2年夏から3季連続甲子園出場。2年夏の宮城大会決勝は東北との引き分け再試合を制し、2試合完投。3年夏に甲子園で最速156キロ。日米親善試合では157キロを記録。中田翔(大阪桐蔭)、唐川侑己(成田)と「高校ビッグ3」と呼ばれ、07年高校生ドラフト1巡目でヤクルトに入団。10年8月に当時日本人最速の161キロを出した。11年には先発投手部門のファン投票1位でオールスターに出場。同年から右肩痛に苦しむ。18年にヤクルト退団。育成選手として楽天に入団し、19年に支配下選手登録された。20年に退団。21年からはBC・埼玉でプレーした。NPB通算91試合に登板し、32勝36敗、防御率3.66。179センチ、88キロ。右投げ左打ち。


◆織田翔希(おだ・しょうき)2008年(平20)6月3日生まれ、福岡・北九州市出身。小1で軟式の足立クラブで野球を始め、足立中では中3で全国大会に出場し、軟球で143キロをマークした。横浜では1年春からベンチ入り。24年秋の明治神宮大会では準々決勝の明徳義塾戦で大会史上6人目の1年生完封勝利。昨春センバツでは全5試合に先発し優勝に貢献。同夏甲子園は8強。今夏甲子園は4強。甲子園通算15試合に投げ、9勝2敗。186センチ、81キロ。右投げ右打ち。

2007年8月15日、智弁学園対仙台育英 力投する仙台育英の佐藤由規

2007年8月15日、智弁学園対仙台育英 力投する仙台育英の佐藤由規

佐藤由規の投球に155キロが表示された

佐藤由規の投球に155キロが表示された

「球速はロマン」剛腕が放つ直球論

「(球速は)ロマン」

現役時代に剛腕投手として名をはせた由規コーチだからこそ、響く言葉だ。さらに続ける。

「データとかそういう技術は向上しています。ただ、結局どれだけ数値が良くても、どれだけ感覚が良くても最後それを凌駕(りょうが)するのは、スピードに勝るものはないものというか。ピッチャーならば一生目指していかなきゃいけないものだと思います」

仙台育英(宮城)のエースだった高校時代から球速にはこだわりを持ってきた。07年8月15日。夏の甲子園2回戦の智弁学園(奈良)戦で当時の甲子園最速となる155キロを計測した。プロ入り後も日本人で初めて160キロの大台を突破。「球速=由規」のイメージが定着した。

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2001年12月生まれ。千葉県千葉市出身。10年に地元球団のロッテが日本一になった瞬間をテレビで見たことがきっかけで、野球の面白さを知る。高校時代は、土日休みだった硬式テニス部に入部し、週末になると野球観戦に出かける日々を過ごしていた。
武蔵大社会学部メディア社会学科を経て、2024年4月に入社。夏の高校野球取材では東東京地区を担当。東東京代表の関東第一が甲子園でも決勝まで勝ち上がり(結果は準優勝)、胸が熱くなった。同年10月から野球部配属となり、遊軍として各球場を転々とした。
25年1月から巨人担当。趣味はドラマ鑑賞、神社仏閣巡りなど。好きな食べ物はラーメン(特に家系)。