【復活への道】日産自動車野球部を追う 近づく最後の応援「間に合った」全国切符/6

昨年、休部から活動再開した社会人野球の日産自動車野球部が、活動再開後初の全国大会となる日本選手権(10月31日開幕、京セラドーム大阪)へ出場します。今年6月の都市対抗予選では第1代表決定戦で東芝、第2代表決定戦の三菱重工Eastに連敗。あと1歩のところで敗れ、選手も応援団も悔し涙にくれましたが、名門が全国の舞台へ帰ってきます。会社は業績不振の影響で世界7工場の閉鎖、約2万人の人員削減などリストラを進行中。転籍、退職などで今回が最後の応援となる従業員らもいる厳しい現実の中で、野球部の奮闘は社内にどのような影響を与えたのでしょうか-。「復活への道」を追いました。

プロ野球

★日産自動車野球部「復活への道」の主な内容

  • 「間に合った」野球部長の涙の真意
  • リストラ渦中の工場員が語る「最後の応援」への思い
  • 監督・主将が語る社会人野球界全体への使命感

◆日産自動車硬式野球部1959年(昭34)に創部。社会人野球の「花形」と称される都市対抗野球大会には29度出場、社会人野球日本選手権大会には16度出場。都市対抗野球では65年に初出場し、84年に初優勝、98年に2度目の優勝を飾った。準優勝も3回。日本選手権でも優勝経験がある名門チームだが、業績不振のコスト削減の一環で2009年から2024年まで活動を休止し、2025年1月から活動を再開した。ユニホームには会社のシンボル「ブルーバード」(青い鳥)がデザインされている。現在、部員数は25人。神奈川県・横須賀市に本拠を置く。OBには阪神などで活躍した池田親興投手、川尻哲郎投手、オリックスなどで活躍した川越英隆投手(現ソフトバンク投手コーチ)、広島で活躍し侍ジャパンコーチも務めた梵英心内野手らプロ野球選手を多数輩出。

勝利の瞬間、マウンドで歓喜の日産自動車ナイン

勝利の瞬間、マウンドで歓喜の日産自動車ナイン

リストラ進む中、涙をこらえた野球部長

10月6日、日本選手権関東予選のセガサミー戦。今季限りで廃部する相手に勝利すると、ベンチ前に整列した野球部長の桝本心さん(54)は、込み上げるものを抑えながら選手たちを見守っていた。

「なんとか間に合いました。これまで必死に応援していただいた従業員の方へ、少しは恩返しができたかなと思うとホッとしています。本当に、間に合って良かった!本当に…」と涙がこぼれないように顔を上げて言葉を詰まらせた。

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野球

平井勉Tsutomu Hirai

Kumamoto

1967年、熊本市生まれ。1990年に入社し、プロ野球の西武、ヤクルト、巨人などを担当。米ロサンゼルス支局時代には大リーグを担当し、野茂英雄、イチローらを取材した。
野球デスク、野球部長、経営企画本部長などをへて現職。著書「清原和博 夢をつらぬく情熱のバッター」(旺文社)「メジャーを揺るがす大魔神 佐々木主浩」(旺文社)がある。