「自分って踊れるじゃん」門脇慧丞が滑走屋で得たこと 心に残った高橋大輔の100%

自分って、踊れるじゃん―。

フィギュアスケート男子の門脇慧丞(21=法政大)は2024年2月にアイスショー「滑走屋」に出演。発起人の高橋大輔さん(38)らと時間をともにする中、自分自身の滑りに対する発見がありました。

2度目の開催となる今年の広島公演(3月8、9日)にもアンサンブルスケーターとして出演予定。アイスショーでの学びを、これからの人生に生かそうとしています。(敬称略)

フィギュア

◆門脇慧丞(かどわき・けいすけ)2003年3月26日、島根県出身。小学2年生で競技開始。出雲第三中3年時の2018年全国中学校スケート大会では島根県勢で史上最高位の7位入賞。岡山理大附高3年時の20年全日本ジュニア選手権8位。法政大3年時の23年東日本選手権で4位となり、同年末の全日本選手権初出場。2025-26年シーズンも現役続行。

苦難のシーズンを穏やかに振り返ったワケ

2025年2月1日。明法オンアイスを3時間後に控えた午後2時。

真冬の空に灰色の雲が浮かぶ。ダイドードリンコアイスアリーナの控え室には、雲の切れ間から漏れる陽光がわずかに差し込んでいた。

窓の隙間からひんやりとした空気が流れる中、門脇の声に熱がこもった。

「今季、コンディションが最悪の状態でも精神的に苦しくならなかったのは、ジャンプがダメでもどこか1つ褒めてもらえたらいいなという思いがあって。それがあるから耐えられた、というのもあります」

明法オンアイスで演技する門脇慧丞(撮影・横山健太)

明法オンアイスで演技する門脇慧丞(撮影・横山健太)

今季の道のりは険しかった。

シーズン序盤にスケート靴が破損。足首の支えが効かなくなった。同じメーカーの在庫が不足し、新調できないまま競技会へ臨んだ。

「ジャンプを跳ぶ時に反発をもらえるように、足首が少し硬めにつくられた靴を使っていましたが、今季はそれがダメになってしまって。反発もなく、ぐにゃぐにゃした状態で跳んでいました。急にメーカーを変えるのは勇気がいることで、試合で合わせることができるだろうかという不安もあって、そのスケート靴のまま出ていました」

全日本選手権男子SPの演技をする門脇(2023年12月21日撮影)

全日本選手権男子SPの演技をする門脇(2023年12月21日撮影)

初出場だった前シーズンの全日本選手権のショートプログラム(SP)26位を超えるべく、「今年はさらに成長できるように」と意気込んでいたが、10月末の東日本選手権は合計164・56点で8位。フリーでは後半に組み込んだ2つの連続ジャンプでミスがあり、全日本出場ラインとなる5位には4・63点差で届かなかった。

新たなメーカーの靴が届いたのは、明法オンアイスの2日前だったという。

「滑走屋にも出させていただいて、今までにない刺激を受けて。それを生かそうとしたシーズンでした。きっと高橋大輔さんも競技に生かしてほしいという思いがあったはずです。だけどジャンプがハマらなくて」

言葉の節々に悔しさがにじむ。ただ、その顔に悲壮感はなかった。

競技に対する軸が定まっていたからだ。

「スケートって、ジャンプだけじゃないんだな」

滑走屋で学んだことが、苦難のシーズンの支えとなっていた。

「応募できない…」諦めていた舞台、舞い込んだ朗報

大学3年生だった2023年。

家族から滑走屋の情報を伝え聞いた時、自分事としては受け止めていなかった。

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岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。