【鍵山正和~哲~〈12〉】五輪へと続く旅 再出発は父と子が2人で見た軽井沢の桜

フィギュアスケート男子の2022年北京オリンピック(五輪)で、日本史上最年少メダル(個人銀、団体銀)を手にした鍵山優真(22=オリエンタルバイオ/中京大)。その父、鍵山正和コーチ(54)の指導哲学に迫る連載「鍵山正和~哲~」の第12回は、親子ともに信じられない「フリー10位」に沈んだ今年3月の世界選手権(米ボストン)から、幕を開けた26年ミラノ・コルティナ五輪シーズンへの移行期に迫ります。

「反省というか、後悔」

そう言い表すほど、父も自責の念にさいなまれていました。再起のきっかけは4月下旬。「初めてかもしれない」という水入らずの旅行をしながら、長野・軽井沢の桜を見ながら、マインドセットの変革に行き着きました。それは「鍵山優真を取り戻す」旅の始まりでもありました。(敬称略)

フィギュア

「2人っきりで、あんな時間を過ごしたのは、初めて」。旅先では桜が歓迎してくれた(鍵山正和コーチ提供)

「2人っきりで、あんな時間を過ごしたのは、初めて」。旅先では桜が歓迎してくれた(鍵山正和コーチ提供)

父の後悔

世界選手権男子フリー後のキス・アンド・クライでうつむく鍵山優真(中央)。左はカロリーナ・コストナー・コーチ、右は鍵山正和コーチ(2025年3月29日=撮影・藤塚大輔)

世界選手権男子フリー後のキス・アンド・クライでうつむく鍵山優真(中央)。左はカロリーナ・コストナー・コーチ、右は鍵山正和コーチ(2025年3月29日=撮影・藤塚大輔)

ちょうど100日前、優真は涙に暮れていた。この「哲」最新回となる8日から、その日数をさかのぼっていくと、日本時間3月30日。世界選手権の男子フリー当日だった。

優真の顔から、血の気が引く。演技後のキス・アンド・クライ。うなだれる息子の僧帽筋に、首から肩に、左隣の父はそっと右手を添えた。

息子は、こわばった表情で3本の指を何度も立てて確認していた。頭には「3枠、3枠、3枠」しかなかった。最終滑走のイリア・マリニン(米国)を残して、暫定2位。両手で顔を覆った。安心した。重圧から解放され、涙がこぼれた。

世界選手権男子フリーを終えて左手で頭を抱える鍵山優真(2025年3月29日撮影)

世界選手権男子フリーを終えて左手で頭を抱える鍵山優真(2025年3月29日撮影)

「メダルは正直、どうでも良かったというか…。全然、考えていなかった。3枠が取れたかどうか、しか頭になかった。申し訳ない演技をしてしまいました」

日本男子は26年ミラノ・コルティナ五輪の出場3枠を確保。最大枠を5大会連続で守ったが、個人ではワーストの成績となった。

世界選手権では過去3個の銀メダル。銅メダルで自己最低というハイレベルだが、目指したものは違う。SP終了時点では首位と3・32点差で、初優勝を十分に狙える位置だった。

くじかれたのは4分間の、冒頭だった。

「全然、跳べる気がしなかった」

4回転フリップが2回転に抜け、わずか2・01点となる。立て直しを図るはずの生命線…4回転サルコーも着氷が乱れた。「心が半分、折れかけた」と頭は真っ白。演技後半の4回転トーループでも転倒した。

父も、胸を締め付けられた。

「突然、何もできなくなってしまう。跳び方が分からなくなってしまう」

まさか、以上の驚きだった。フリー10位の大失速。2連覇したマリニンを逆転するどころか、終わってみれば衝撃の40・37点もの差をつけられた。

五輪開幕まで1年ない。「この結果を素直に受け止めて、前に進んでいきたい」と愛息が自身に言い聞かせていた時、答えを導き出せなかったことに、父も悔恨の念を強めていた。

父の腹は決まった

世界選手権男子で優勝したイリア・マリニン(中央)。左は2位のミハイル・シャイドロフ、右は3位の鍵山優真(撮影・藤塚大輔)

世界選手権男子で優勝したイリア・マリニン(中央)。左は2位のミハイル・シャイドロフ、右は3位の鍵山優真(撮影・藤塚大輔)

試合後の深夜、米マサチューセッツ州ボストン市内のホテル。「チーム優真」は正和の部屋に結集していた。約45分間の緊急ミーティングが開かれた。

「ローリー(・ニコル)先生、それからカロリーナ(・コストナー)先生と集まって、反省を。もう、来シーズンどうしていくか、どうしていった方がいいか、というアドバイスをいただいた感じでした。自分は、そこではあまり言わず、お2人の意見を聞いていたところ。シーズンを通して、勝負としてはそこまで悪くはなかったんですけど。やはりフリーですよね。チャレンジをして、結果を出せなかった。そこへの意見をいただきました」

その3カ月前から、想定外の暗転。24年12月には、優真は念願の優勝を全日本選手権で飾っていた。かつて3連覇した父に、少し近づいた。7度目の出場にして初の日本一。おとこ泣きさせた瞬間から、ミラノ・コルティナ五輪シーズンは始まっていた。

全日本選手権の男子フリーで演技する鍵山(2024年12月21日撮影)

全日本選手権の男子フリーで演技する鍵山(2024年12月21日撮影)

「全日本が終わってから優真と話して、いろいろ試してきました。年が明けてから(4回転)ルッツを入れて、さらなるチャレンジをして」

迎えた世界選手権を「先シーズン」ではなく「次シーズンへの序章」と位置付けていた。

「来季に向けて、どう組み立てていくか。その結果が世界選手権で出て、ローリーとカロリーナから話を聞いて、本人とも話して、やはり一番は『今、持っているもので勝負していく』ことだろうと。道が決まったというか、見えてきたものがありました」

世界国別対抗戦の男子SP 演技を披露する鍵山(2025年4月17日撮影)

世界国別対抗戦の男子SP 演技を披露する鍵山(2025年4月17日撮影)

翌4月の世界国別対抗戦(東京)で確信した。ルッツには挑まず、フリップもサルコーも、どちらも転んだ。苦しみ抜いた息子の24-25年シーズン最後の演技を見て、父の腹が決まる。

「やはり技術を追い求めすぎると、できるものもできなくなってしまう。鍵山優真というスケーターを最大限に生かす“技術”とは何なのだろうかということ」

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スポーツ

木下淳Jun Kinoshita

Nagano

長野県飯田市生まれ。早大4年時にアメリカンフットボールの甲子園ボウル出場。
2004年入社。文化社会部から東北総局へ赴任し、花巻東高の大谷翔平投手や甲子園3季連続準優勝の光星学院など取材。整理部をへて13年11月からスポーツ部。
サッカー班で仙台、鹿島、東京、浦和や16年リオデジャネイロ五輪、18年W杯ロシア大会の日本代表を担当。
20年1月から五輪班。夏は東京2020大会組織委員会とフェンシング、冬は羽生結弦選手ら北京五輪のフィギュアスケートを取材。
22年4月から悲願の柔道、アメフト担当も。