【籠谷歩未〈上〉】「出来るようになるまでやる」2人の恩師の教え、定まった自分軸

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の信念に迫る「氷現者」をお届けしています。

シリーズ第58弾は籠谷歩未(25=木下アカデミー)が登場します。5歳で競技と出合い、神戸クラブでは幼なじみの坂本花織らと切磋琢磨。同志社大を卒業した23年からは、社会人として働きながら競技を続けました。25年春にシングルを引退しましたが、同7月に本田ルーカス剛史(23)とのペアを結成。同12月に全日本選手権に出場し、自身は4度目となった舞台で2位となりました。

全3回の上編では、競技人生の始まりを描きます。2人の恩師に導かれながら、競技に対する自分なりの軸を定めていきました。(敬称略)

フィギュア

◆籠谷歩未(かごたに・あゆみ)2000年(平12)11月19日生まれ、兵庫県神戸市出身。神戸市立なぎさ小―渚中―神戸野田高―同志社大。5歳で競技と出合い、6歳から神戸クラブで本格的に開始。小5から国有望新人発掘合宿(通称野辺山合宿)に3年連続参加。全日本選手権シングルは18年23位、21年20位、24年25位。23年からは神戸市内の電機メーカー「デンソーテン」で働きながら競技継続。25年7月に本田ルーカス剛史との「あゆルカ」ペアを結成。同年全日本2位。好きなキャラクターは「ちいかわ」。身長152センチ。

全日本選手権ペアフリーで演技する籠谷(左)、本田組(2025年12月21日撮影)

全日本選手権ペアフリーで演技する籠谷(左)、本田組(2025年12月21日撮影)

数々の出会い「私は人に恵まれました」

2025年12月末。木下アカデミー京都アイスアリーナ。

ペアで初となる全日本選手権を2位で終え、数日が経ったころだった。

冬の陽光が部屋に差し込む中、籠谷はこれまでの人生を振り返っていた。

5歳で始めたスケート。厳しさと愛情にあふれた指導者。いつも背中を押してくれた幼なじみの坂本花織。競技継続を支えてくれた会社の上司。ペア転向で知った世界。

ここにたどり着くまでには、数々の出会いがあった。

「私は周りの人に恵まれているとすごく思います。かおちゃんのように五輪や世界で活躍する選手が幼なじみで、ずっと一緒に滑ってきたのは、奇跡に近いと思います。家が近くて、親友のような関係ですが、それも奇跡のような確率だなと思います。中野(園子)先生やグレアム(充子)先生も私のことを思って、いつも指導やアドバイスをしてくださりました。時には厳しいことも言われましたが、家族以外で身近にそういう方がいるのはなかなかないことだと思うので、そこも恵まれているなと思います。同志社大も選手権レベルの子と始めたばかりの子が教え合っていて、分け隔てがなくて。そこも恵まれていました。今の職場もすごく理解があって、ここまで応援してもらえることはないなと思っていて、そこも恵まれています」

穏やかにほほ笑みながら、ゆっくりと言葉を継ぐ。

国民スポーツ大会冬季大会 フィギュア成年女子の表彰式で写真に納まる、2位兵庫の坂本、籠谷(中央)。左は優勝した愛知の松生、山下。右は3位東京の住吉、元栄(2025年1月30日撮影)

国民スポーツ大会冬季大会 フィギュア成年女子の表彰式で写真に納まる、2位兵庫の坂本、籠谷(中央)。左は優勝した愛知の松生、山下。右は3位東京の住吉、元栄(2025年1月30日撮影)

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岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。