【鬼の井村と女王乾〈下〉】日本が見向きもされくなった時代を経て、取り戻した未来

アーティスティックスイミング(AS)の乾友紀子(32)と井村雅代コーチ(73)。

東京五輪の失意から約2年、1対1で歩んできた。

その終着点、福岡で2人が見たものは何だったのか。上下編の2回目。

その他スポーツ

 
 
世界水泳アーティスティックスイミング女子ソロテクニカル決勝で演技する乾友紀子

世界水泳アーティスティックスイミング女子ソロテクニカル決勝で演技する乾友紀子

言って後悔した「大丈夫やった」

 

選手とコーチが、ソファに座って採点を待つ。

得点が映し出されるとある選手は喜んでコーチと抱き合い、ある選手は頭を抱えてぼうぜんとする。

フィギュアスケートで有名な、採点を待つ空間「キス・アンド・クライ」。

ルールが大幅に変更されたASにも設置された。

井村 フィギュアスケートはキスクラ(キス・アンド・クライ)ですけど、シンクロの場合はキス・アンド・スマイル。クライしない。みんなそう呼んでます

クライしない-。

師弟は、夏の世界選手権福岡大会に臨んだ。

乾は7月14日、ソロテクニカルルーティン(TR)予選が最初の出番だった。

 ルールが大きく変わって、やりきれるかどうかという不安がかなりあった。今まで以上に緊張した。

「水のゆくえ」をテーマにした演目で首位発進。

翌15日の決勝も、大きな得点源である連続技の「ハイブリッド」を含めて、すべての要素をやりとげた。

井村コーチは乾をやさしく抱き寄せて、言った。

井村 大丈夫やったと思うよ。

 私もそう思います。

大幅減点となるベースマークはない。

「キス・アンド・スマイル」に座る前から、2人の意見は一致した。

採点を待つ間、真剣な表情の乾とは対照的に、井村コーチは穏やかな笑みを浮かべていた。

女子ソロテクニカル決勝、キス・アンド・スマイルの得点発表で感極まり、涙する乾(左)と井村コーチ

女子ソロテクニカル決勝、キス・アンド・スマイルの得点発表で感極まり、涙する乾(左)と井村コーチ

もし見誤っていたら・・・「スリル満点だった」

「メダル請負人」井村雅代が、愛弟子の金メダルを確信している-

周囲からはそう見えたが、その裏側は違った。

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スポーツ

益田一弘Kazuhiro Masuda

Hiroshima

広島市生まれ。2000年の入社からバトル、相撲、サッカー、野球を担当して、13年からオリンピック担当。
14年ソチ、16年リオデジャネイロを取材して、18年平昌、21年東京は五輪班キャップを務める。東京五輪後に一般スポーツデスク。
大学時代はボクシング部で全日本選手権出場も初戦敗退。アマチュア戦績は21勝(17KO)8敗。