鉄人が砕け散った日〈13〉遅すぎた大砲と、最後にすがったもの

プロボクシング4団体統一世界スーパーバンタム級王者の井上尚弥(31=大橋)が5月6日、東京ドームで元2階級制覇王者ルイス・ネリ(メキシコ)と防衛戦を行う。

同会場でのプロボクシング興行は1990年2月11日の統一世界ヘビー級王者マイク・タイソン(米国)の防衛戦以来、実に34年ぶり。

「アイアン」(鉄人)の異名で史上最強と呼ばれたタイソンは、井上と同じように圧倒的な勝利で無敗のまま王座を統一したが、東京ドームで挑戦者ジェームス・ダグラス(米国)に10回KO負けした。この一戦は“世紀の大番狂わせ”として今も世界で語り継がれる。

あの時、全盛期の無敗王者にいったい何が起きていたのか。なぜ伏兵に無残な敗北を喫したのか。来日から敗戦までの27日間、タイソンに密着取材した筆者の取材ノートをもとに、34年前にタイムスリップしてタイソンの鉄人神話崩壊までをたどる。

第13回は「遅すぎた大砲と、最後にすがったもの」(敬称略)

ボクシング

5・6東京ドーム興行に向けて、井上が「ノーモア・タイソン」と意識する「世紀の大番狂わせ」―34年前を週2回連載で振り返ります

Round8

8回開始のゴングと同時に、タイソンは勝負をかけた。

あの精密機械のような攻防一体の自分のボクシングを捨て、やみくもに突進して剛腕を振り回す。

ただ当たることを祈って……。

1990年2月11日、東京ドームでの統一世界ヘビー級タイトルマッチ。

7回まで一方的に打たれた王者のダメージは深く、左目はふさがっていた。

もはや真っ当なボクシングでは挑戦者ダグラスに勝ち目はないと悟ったのか。

イチかバチかの玉砕戦法だった。

2分すぎ、真正面から前進するタイソンの顔面に、ダグラスの4連打が火を吹いた。

2分40秒、強烈な右フックで王者の体がロープに吹っ飛び、5万人の会場がどよめいた。

ダグラス(左)の連打を浴びてロープを背負うタイソン

ダグラス(左)の連打を浴びてロープを背負うタイソン

ついに訪れたKOチャンスに、ダグラスは距離を詰めて連打を畳みかけた。

その瞬間だった。

タイソンの渾身(こんしん)の力を込めた右アッパーが、挑戦者のアゴを突き上げた。

WBC・IBF・WBC世界ヘビー級タイトルマッチ 8回、ダグラス(左)に右アッパーを浴びせてダウンを奪うタイソン(1990年02月11日)

WBC・IBF・WBC世界ヘビー級タイトルマッチ 8回、ダグラス(左)に右アッパーを浴びせてダウンを奪うタイソン(1990年02月11日)

挑戦者の上半身から飛び散った大量の汗の粒が、リングを照らすライトの光の中に広がった。

ダグラスはまるで体から魂を抜かれたように、背中からキャンバスに崩れ落ちた。

ダグラス(手前)からダウンを奪い、コーナーから、ふてぶてしい表情で見つめるタイソン

ダグラス(手前)からダウンを奪い、コーナーから、ふてぶてしい表情で見つめるタイソン

何とか上半身だけ起こしたダグラスは視線が定まらず、立ち上がることができない。

私は試合が終わったと思ったが、カウント7でようやく挑戦者がヨロヨロと立ち上がりかけると、レフェリーはカウントをやめて、ダグラスが起き上がるまで待った。

その後、試合が続行された。

リング下のタイムキーパーと、レフェリーのカウントがズレていて、試合再開まで少し長すぎるようにも感じた。

このシーンが試合後に前代未聞の大混乱を引き起こすとは、夢にも思っていなかった。

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1988年入社。ボクシング、プロレス、夏冬五輪、テニス、F1、サッカーなど幅広いスポーツを取材。有森裕子、高橋尚子、岡田武史、フィリップ・トルシエらを番記者として担当。
五輪は1992年アルベールビル冬季大会、1996年アトランタ大会を現地取材。
2008年北京大会、2012年ロンドン大会は統括デスク。
サッカーは現場キャップとして1998年W杯フランス大会、2002年同日韓大会を取材。
東京五輪・パラリンピックでは担当委員。