【ブルーペナント〈6〉下編】前川黛也 思い切りの良さ魅力「ずっと愛されキャラ」

24年6月にピースウイングスタジアム広島で行われた26年W杯北中米大会アジア2次予選のシリア戦。

ヴィッセル神戸GK前川黛也(だいや、29)が、日本代表選手として地元広島に凱旋(がいせん)した。

前川は「小さい頃からの夢は、サッカー選手っていうよりも代表になることだった。地元の広島で(代表として)練習からできるってのは、本当にうれしい。頑張って良かったなと思う」と特別な思いを語った。

その前川がどう成長を遂げてきたのか。

前回の〈上〉では、前川の広島皆実高時代のプレー面に着目した。

今回は、当時の広島皆実高監督だった藤井潔氏(現安芸南高)や前川を知る人の語るエピソードから、前川の人柄やキャラクターを描く。

サッカー

前川黛也(まえかわ・だいや)1994年(平6)9月8日、広島市生まれ。広島ジュニアユース、広島皆実高、関西大を経て2017年に神戸加入。2018年11月の名古屋戦でリーグデビュー。2021年に日本代表選出。元日本代表GK和也さんを父に持ち、ともにGKとしての代表選出は初。神戸がリーグ初優勝を果たした2023年にはフェアプレー個人賞を受賞。191センチ、86キロ。

練習に臨むGK前川(左)とGK大迫(撮影・垰建太)

練習に臨むGK前川(左)とGK大迫(撮影・垰建太)

前川親子をつなぐ広島皆実OBでもある下田コーチ

「皆実のソウルフード」とも呼ばれる名物「そばライス」(そば、ご飯入りのお好み焼き)。広島皆実サッカー部の胃袋を支える「ひらの」には、新旧のOBも顔を出す。

長年彼らを見続けてきた店主の平野満代さんは、前川親子と、その両方に関わってきた日本代表の下田崇GKコーチ(48)とのエピソードを語る。

広島皆実サッカー部の選手が通う「ひらの」の平野満代さん(撮影・永田淳)

広島皆実サッカー部の選手が通う「ひらの」の平野満代さん(撮影・永田淳)

前川の父和也さんと、下田コーチは、1994~1999年の6シーズン、サンフレッチェ広島のチームメートだった。

1997年までは和也さんが絶対的守護神として君臨しており、下田コーチはなかなか試合には出られない日々が続いていた。

そんな中で訪れた「ひらの」で、下田コーチは意外な一面を見せたという。

下田コーチは、和也さんからもらったというグローブを持参して来店。

居合わせた広島皆実の選手たちに「前川さんからもらったグローブじゃ」と見せて、選手たちはそれをみんなで回し、プロの道具の感触を味わった。

平野さんは、その時の下田コーチの表情が忘れられないという。

「なんともいえない笑顔。あんな笑顔見たことないぐらいの表情で」。

普段それほど感情を出すタイプではない下田コーチの満面の笑みを、今でも鮮明に覚えているという。

ライバルでありながらも、下田コーチは和也さんを尊敬する先輩として見ていた。

その先輩からグローブをもらったことは、平野さんの目にも「よっぽどうれしかったんだろうと思う」と映った。

下田コーチの表情が忘れられなかった平野さんは、その話を前川にしたことがあるという。

広島皆実サッカー部の選手が通う「ひらの」の平野満代さん(撮影・永田淳)

広島皆実サッカー部の選手が通う「ひらの」の平野満代さん(撮影・永田淳)

「黛也くんに、下田さんのことを言ったら、またこれは喜んでた。『自分のお父さんはすごいんだ』っていうのをあらためて感じて、うれしかったみたい」。

前川自身が幼少期から持っていた、プロのGKとしてプレーする父に尊敬の念。

自分の知らないところで、他人もリスペクトを持って話していたことを聞いて、さらに大きくなった。

広島皆実の大先輩で、フィールドプレーヤーからGKに転向したという部分でも共通点を持つ下田コーチ。日本代表でともに戦うようになったことは、前川だけでなく、関わったすべての人を喜ばせるものになっている。

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スポーツ

永田淳Jun Nagata

Aichi

1980年(昭55)9月9日、愛知県生まれ。小3でサッカーを始める。法大卒業後、商社、フリーランスのサッカーライター、商社、外資系半導体メーカーでの勤務をへて、23年4月に日刊スポーツ新聞西日本に入社。日本サッカー協会B級ライセンス保有。日本アンプティサッカー協会技術委員長。X(旧ツイッター)は@j_nagata