高安が35歳で充実期を迎えた理由 悲願の初優勝へそっとしておいた方がよいのか―

賜杯に手が届きそうで、届かない。髙安(35=田子ノ浦)はなぜ優勝できないのでしょうか。本人の答えはシンプルでした。

しかし、「今が一番強い」と自認しています。その理由とは? 力士として人として、髙安が充実期を迎えています。

大相撲

◆髙安晃(たかやす・あきら)本名同じ。1990年(平成2年)2月28日、茨城・土浦市生まれ。中学卒業と同時期に元横綱隆の里の鳴戸部屋に入門。2005年春場所初土俵、2010年九州場所新十両昇進、2011年名古屋場所新入幕。2013年秋場所新三役、2017年名古屋場所で大関昇進。三賞は殊勲4回、敢闘6回、技能3回。金星6個。2020年7月に演歌歌手の杜このみと結婚。現在、1女1男の父。188センチ、176キロ。

髙安は横になっていた

髙安に話を聞いたのは、4月27日。東京都八王子市のエスフォルタアリーナ八王子で行われた春巡業でのことだ。

巡業では、まず朝稽古がある。関取衆はその後、風呂に入って支度部屋に戻り、体のケアをしつつ、食事を取る。

メディアが取材できるのは、正午過ぎから土俵入りの準備を促す柝(き)が鳴るまで。およそ1時間半の間、支度部屋で話を聞ける。

もちろん、力士の了解があってこそ。巡業の場合、その土地の後援者、知り合い、家族などが手続きをすれば支度部屋に入れる。力士が来客の対応をしていたり、マッサージを受けていたりしている場合は、取材を遠慮するのがマナーだ。

八王子市で行われた巡業での朝稽古の様子

八王子市で行われた巡業での朝稽古の様子

この日の巡業地の支度部屋は広かった。エスフォルタアリーナ八王子のサブアリーナが支度部屋に割り当てられており、髙安は入り口から入って右奥に陣取っていた。

取材をお願いすると「すみません、このままの体勢でもいいですか?」と言いつつ、受け入れてくれた。

髙安は横になっていた。

なぜ「このままの体勢」がいいのか、この後、話を聞いていくうちに明らかになっていく。

髙安は春場所後の巡業を「急性腰痛症」で休場し、4月12日の藤沢市巡業から合流していた。以来、多くの巡業先で取材を受けていた。春場所を盛り上げた1人として、「旬の男」でもある。

本場所のことは、何度も何度も聞かれただろう。似たような質問の繰り返しになってしまうかもしれない。そのことをわびつつ、話を聞いた。

「優勝に近づけました」

3月の春場所千秋楽―。

大の里が髙安との優勝決定戦を制し、優勝を果たした。

優勝決定戦で大の里(右)は髙安を送り出しで破り幕内優勝を飾る(2025年3月23日撮影)

優勝決定戦で大の里(右)は髙安を送り出しで破り幕内優勝を飾る(2025年3月23日撮影)

髙安はまたも優勝を逃した。

ネガティブにとらえれば「優勝を逃した」のかもしれない。

髙安は前向きにとらえていた。

「優勝できなかったというよりも、優勝に近づけました」

言葉にウソはない。

千秋楽まで優勝の可能性を残したのは、今回が9回目。過去8回はいずれも、本割で敗れていた。

今回は本割で勝って、決定戦に進んだ。これこそが「優勝に近づけました」という言葉の根拠でもある。

春場所千秋楽、髙安は本割で阿炎を下した(2025年3月23日撮影)

春場所千秋楽、髙安は本割で阿炎を下した(2025年3月23日撮影)

敗れた1時間後には、気持ちは晴れ晴れとしていたという。

「場所前の目標が達成できたからですかね。『上位で2桁を勝って三役に戻ろう』っていう目標を掲げて臨んだ場所だったので。まあ、いいところまでいってしまったんで、それは悔しいですけどね。ですけど、本来の目標は達成できたので、充実感はありました。(優勝が)手に届きそうなところまでいったんで、それは悔しいですけど。

でも15日間、まっとうできたなっていう達成感があった。なので、そんなに大きな悔いがあるとかは、ないですね」

優勝を逃した直後、NHKの中継では、三賞受賞力士へのインタビューが放送された。

技能賞を受賞した髙安にもマイクが向けられた。

三賞を受賞しトロフィーを持つ(左から)敢闘賞の美ノ海、技能賞の髙安、敢闘賞の安青錦

三賞を受賞しトロフィーを持つ(左から)敢闘賞の美ノ海、技能賞の髙安、敢闘賞の安青錦

酷な時間のように見えた。

髙安の表情は硬かった。

それでも、インタビューを断る考えはなかったという。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。