力士の化粧まわしや締め込みが燃えてなくなった 31年前のパリの記憶

大相撲パリ公演が2026年6月13、14日にフランス・パリで行われます。同所での公演は1995年10月以来です。

実は31年前、力士たちの明け荷が焼失する事故がありました。締め込み、化粧まわし、横綱が締める綱などがすべて火事で燃えてしまいました。

一体、何があったのでしょうか?

大相撲

アレジを2時間待たせた

NHK大相撲解説者の舞の海さんは、当時のことをよく覚えている。「倉庫が火事になり、締め込みが全部焼けたんですよね。あれは驚きました。自由行動の時間になったから出かけようと思ったら、大広間に集まってくれと言われて…。時津風事業部長(元大関豊山)は『皆さんの大切な化粧まわしが燃えてしまった。申し訳ない』と言って、泣いていました。ワインやカキよりも思い出に残っています」。

元横綱若乃花の花田虎上さんには、若貴ブームの真っ只中らしいエピソードがある。当時はまだ大関だった。「テレビ局と協会が契約して(F1レーサーの)ジャン・アレジ(写真)と仕事がありました。カートでレースをする仕事でした。(火事の影響で)2時間遅れて到着したので、謝りました。するとアレジは『映画を1本見たよ』とやさしく言ってくれました」。

パリ公演前の火事は、テロではないかとの情報もあった。公演の7カ月前、日本では地下鉄サリン事件があったばかり。日本人も特に敏感になっていた時期でもある。大関若乃花には、ボディーガード4人がついていた。心配した後援者がつけてくれたのだという。

花田さんは「おかみさんも合流して、家族でご飯を食べにいったら、(ボディーガードなど含めて)総勢20人になって、『家族の食事とはいえないね』となった。今思えば笑い話です。フランスの人たちが相撲を支持してくださり、いい公演でした」と振り返った。

パリの凱旋門(1995年10月14日撮影)

パリの凱旋門(1995年10月14日撮影)

元関脇土佐ノ海の立川親方は、新入幕力士としてパリ公演に参加していた。締め込みも化粧まわしも1本ずつしかなかった。「締め込みは、蒼樹山関(現在の枝川親方)に借りました。ふんどしを締めて、締め込みを汚さないように。ふんどしはうまく隠して締めました」。同志社大相撲部のOBから贈られた化粧まわしも焼けてしまったため、ほかの力士から借りたという。「ただ、観光にも行けましたし、ご飯もおいしかった。すごい楽しくて、いい思い出です」とも強調していた。

パリに到着し、宿舎に入る貴乃花(1995年10月10日撮影)

パリに到着し、宿舎に入る貴乃花(1995年10月10日撮影)

ここからは、当時の記事をアーカイブとして紹介します。日刊スポーツからは、実藤健一記者と岡本肇カメラマンがパリに派遣されていました。

まわしが焼失

1995年10月12日付紙面より

【パリ11日(日本時間12日未明)=実藤健一】大相撲欧州巡業中の力士団の明け荷が、焼失する事故が起こった。緊急記者会見を開いた時津風理事(58=元大関豊山)によると、力士らの明け荷を保管するフランス・ドゴール空港近くの日通倉庫が、11日朝、倉庫内部の火事により全焼。保管していた幕内力士、行司らの明け荷すべてが焼失した。このため、12日に予定していたパリ市庁舎での横綱土俵入りを中止。13日(日本時間14日未明)のパリ公演初日に間に合わせるべく、代わりの明け荷を空輸した。

フランス公演のために持ってきた化粧まわしや行司の衣装などが全焼。フランスのパリ郊外の倉庫火災(1995年10月12日撮影)

フランス公演のために持ってきた化粧まわしや行司の衣装などが全焼。フランスのパリ郊外の倉庫火災(1995年10月12日撮影)

火災が起きたのは、11日朝8時半。火の回りが速く、わずか数十分で1500坪程度の倉庫が全焼したという。シラク大統領との懇親会出席のため、官邸・エリゼ宮に移動していた出羽海理事長らに、3時間後の同11時20分に第一報が入った。この日夕刻、緊急会見を開いた時津風理事によると、火災の原因は漏電によるものではないかとみられているが、原因については調査が続けられている。

保管していた幕内力士、行司らの明け荷は、すべて焼失した。明け荷は、化粧まわし、締め込み、横綱が締める綱などが、すべて詰められていたため、12日に予定されていたパリ市庁舎での横綱土俵入りは不可能となり、中止となった。

ただ、13日から始まる公演を予定通り開催すべく、日本に残った陣幕理事(元横綱北の富士)ら協会関係者が、すぐ部屋に連絡。代わりになる締め込み、化粧まわしを詰めた明け荷をすぐに発送する手はずをとり、日本時間12日午後1時35分発のJALで、パリの12日午後7時55分に到着する措置が緊急にとられた。

力士へは、状況がすべて分かった時点で、全員が集められ説明が行われた。公演が予定通り行われそうなのが、不幸中の幸いだった。

出羽海理事長が直訴

【パリ11日=実藤健一】欧州公演中の日本相撲協会出羽海理事長(57=元横綱佐田の山)が、ジャック・シラク仏大統領(62)に対し核実験中止を申し入れた。力士団一行はこの日、シラク大統領の招待で官邸のエリゼ宮を表敬訪問。出羽海理事長が「世界唯一の被爆国として、核実験は誠に遺憾に思います。再開された実験を中止されますことを心からお願いします」とあいさつした。日本の一団体としては、初めて大統領に直訴した形となった。

パリの凱旋門を観光する貴乃花(左)と曙(1995年10月14日撮影)

パリの凱旋門を観光する貴乃花(左)と曙(1995年10月14日撮影)

出羽海理事長は「政治的問題に発言する立場にはありませんが」と前置きした上で、核実験反対の意思をシラク大統領に伝えた。

親方衆、幕内力士、立行司ら招かれた約60人が囲む中でのあいさつ。力士団を代表する形で「世界唯一の被爆国である日本国民の一人として、大統領が実施されている核実験は誠に遺憾に思っています。地球上から核実験を全面的になくすことが、わが国民の願望であり、大統領が再開された実験を中止されますことを心からお願いするものであります」と核実験中止を申し入れた。

フランスの核実験問題後、村山首相、松永特使がシラク大統領と会談し、遺憾の意を表明してきたが、日本の一団体が直接訴えかけたのは初めてとなる。出羽海理事長の直訴に対し、シラク大統領の言葉はなく、ただうなずいていたという。同席した時津風理事(58=元大関豊山)は「何度もうなずいていました。われわれの意思を真しに受けとってくれたのではないでしょうか」と話した。

その後は、立食のパーティーが開かれ、その席上で核実験の話が持ち出されることはなかったという。50分間の短い懇親会を終え、宿泊先のホテルで会見を開いた出羽海理事長は「抗議集団として来ているわけじゃないから、深い話はしなかった。ただ、いい機会を与えられたので、強く要望してきた」と話した。

世界平和を働きかける機会だったが、表敬訪問が公表されたのはパリ入りした前日10日夜(日本時間11日未明)。力士らへ説明がされたのも、同夜の食事会の席上だった。シラク大統領は、13日(同14日未明)のパリ公演初日を観戦に訪れる予定だが、“ちょんまげの大使”の訴えに対し、今後どう反応するかが注目される。

貴乃花の「赤富士」焼失

1995年10月13日付紙面

【パリ12日=実藤健一】大相撲欧州公演で力士団の明け荷が保管倉庫の火災により焼失した事件で、フランスの警察・消防当局が本格的な調査を開始した。出火の原因は、漏電の可能性が高いとみられるが、ほかの可能性についても調べられている。日本相撲協会では緊急の対応に追われ、13日(日本時間14日未明)のパリ公演初日に間に合うよう、代わりの明け荷が日本から送られた。

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スポーツ

佐々木一郎Ichiro Sasaki

Chiba

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。