安青錦が休場中に考えていたこと 「落ちたらまたもう1回、上がればいいだけ」
安青錦(22=安治川)が、名古屋場所(7月12日初日、IGアリーナ)で再起します。
3月の春場所中にケガを負って負け越し、5月の夏場所は熟考の末に全休しました。
休場している間、何を考え、気持ちをどのように整えていったのでしょうか。
安青錦に聞きました。
大相撲
「普通の日」
3月23日、安青錦は22歳の誕生日を迎えていた。
どう過ごしたのか。
「何にもしてないです」
安青錦は淡々と答えた。
「普通の日だなと。特別な日じゃない」
この日は、春場所千秋楽の翌日だった。特に外出もせず、自室にいたという。
周囲も気を使ったのかもしれない。本人も祝う気にはなれなかった。
序ノ口デビューから14場所連続で勝ち越し、幕内優勝は2回。驚異的なスピード出世だった。だが、綱とりがかかった春場所で7勝8敗。初めて負け越した。
明らかな原因は、ケガだ。
本場所中は、病院に行かなかったため、正確な診断が判明したのは場所が終わってから。体に明らかな異変を感じていたが「やると決めていたんで、(病院に)行っても行かなくても変わんない」という理由で、診察は受けなかった。
ケガについて、本場所中は口を閉ざし続けた。「特に理由はないです。相撲が取りたかった。みんなどっか痛いんです」。
場所後に検査を受けると、左足小指の骨折が判明した。尾てい骨も折れていた。
4日目の美ノ海戦で、足の指を痛めた。負傷箇所をかばって動くと、本来の相撲が取れない。12日目の大栄翔戦で突き倒された際、土俵の外で尻を打ち付け、バウンドするように土俵下へ落ちた。この時に尾てい骨を痛めた。
診断名を聞いても驚かなかったという。「骨折したことがなかったんで、いつもと違うなという感じでした。なんか変だなと。気付いていたんで、そこまでびっくりはしてなかったです」。
ここから歯車が狂い始めた。
全休の決断
春巡業は3月31日の神戸市を最後に離脱。カド番で迎える夏場所に向けて、治療やリハビリに努めた。
順調に回復しているはずだった。しかし、5月6日にアクシデントが起きた。出稽古先の荒汐部屋で、稽古中に左足首をひねった。しばらく立ち上がれなかった。ここで稽古を取りやめ、病院に向かった。
大けがと無縁だった安青錦が、なぜ続けて負傷したのか。
今だから思い当たる節がある。
「焦ったんじゃないですか。なかなかうまく相撲が取れなかったので」
夏場所は初日から休場した。途中出場の可能性を探ったが、回復は思うように進まず、全休に至った。
カド番大関だったため、出場するなら勝ち越しを目指すしかなかった。あらゆる可能性を探った。治療のためのセカンドオピニオンはもちろん、第3、第4の意見も聞いた。
「結構、いろんな病院に行ったりして、いろんな意見を聞いて…。こんなケガをしたことがなかったんで、治りがどんな感じとかもまったく分からなかった。最初はやっぱ出たいなと思ってたんですけど、時間がたってもいける感じじゃなかったので、中途半端でやるよりはしっかり治した方がいいということになりました。完全にいい相撲を取れる感じじゃなかった。それだったら、しっかり治して、自分の相撲を取った方が次につながるし、こっから相撲人生は長いなと思ってるんで」
師匠の安治川親方(元関脇安美錦)も一緒に悩んでいた。全休の決断まで、出場の可否を3度は悩んだという。
師匠が決断し、安青錦はそれを受け入れた。夏場所6日目のことだった。「ちゃんと考えた結果が休場でした。ホッとするとかそういうのではなく、師匠には『今日から必死になって、次の場所に向けて準備しなさい』って言われたんで、そういう気持ちです」。泣いたり笑ったりするのではなく、師弟とも理知的に現状を見つめ、大局観をともないつつ、結論を出した。
「それも1つの仕事」
休場中は、リアルタイムで大相撲中継を見ることはほとんどなかったという。
「リアルタイムで見たのは千秋楽だけです。治療をしていたので、それが終わってから夜に見ることが多かった。治療も忙しかったし、見たくないという気持ちも多分、正直に言えばあったと思います」
15日間は、出場している時よりも早く感じたという。「やっている時は1日が3日間くらいに感じる。やらないと、気付いたら中日、もう12日目、千秋楽。早いなって気付きましたね」。それだけ治療に懸命だったのかもしれない。部屋と病院を行き来するだけで、あっという間の毎日だった。
本文残り71% (4398文字/6175文字)

1996年入社。特別編集委員室所属。これまでオリンピック、サッカー、大相撲などの取材を担当してきました。X(旧ツイッター)のアカウント@ichiro_SUMOで大相撲情報を発信中。著書に「稽古場物語」「関取になれなかった男たち」(いずれもベースボール・マガジン社)があります。
-
大相撲【矢後 引退会見全文】希望を持って手術を受けたが元通りにはならなかった
【矢後 引退会見全文】希望を持って手術を受けたが元通りにはならなかった 元幕内で西三段目22枚目、矢後(32=押尾川)が…
佐々木一郎
-
大相撲【アーカイブ配信までお待ちください】佐々木一郎記者「夜の大相撲」【秋場所編】
【アーカイブ配信までお待ちください】佐々木一郎記者「夜の大相撲」【秋場所編】 日刊スポーツ・プレミアムが相撲ファンの皆さ…
佐々木一郎
-
大相撲大相撲の番付をAIに作らせたらどうなるのでしょう 精度は何割? 難しかったのは?
大相撲の番付をAIに作らせたらどうなるのでしょう 精度は何割? 難しかったのは? 大相撲の番付をAIに作らせたらどうなる…
佐々木一郎
-
大相撲最古参関取の佐田の海、11カ月だけ過ごした「熊本」を出身地としている理由とは?
最古参関取の佐田の海、11カ月だけ過ごした「熊本」を出身地としている理由とは? 最古参の関取、39歳の佐田の海(境川)が…
佐々木一郎
-
大相撲【祝・新三役 教えて!藤ノ川関】その勇気の原動力はどこにあるんですか?
【祝・新三役 教えて!藤ノ川関】その勇気の原動力はどこにあるんですか? 幕内最年少21歳の藤ノ川関(伊勢ノ海)に、好角家…
佐々木一郎
-
大相撲【夏巡業の思い出】大栄翔の謎のマイルール、真夜中にテレビが落下して飛び起きた輝
【夏巡業の思い出】大栄翔の謎のマイルール、真夜中にテレビが落下して飛び起きた輝 2026年の夏巡業は、8月30日が最終日…
佐々木一郎
-
大相撲【千代の富士を忘れない 後編】初優勝、一代年寄を辞退…引退会見「体力の限界」
【千代の富士を忘れない 後編】初優勝、一代年寄を辞退…引退会見「体力の限界」 横綱千代の富士が亡くなってから10年になり…
佐々木一郎
-
大相撲【千代の富士を忘れない 前編】がんに屈した大横綱、日刊スポーツはどう報じたか
【千代の富士を忘れない 前編】がんに屈した大横綱、日刊スポーツはどう報じたか 横綱千代の富士が亡くなってから10年になり…
佐々木一郎
-
大相撲【名古屋場所こぼれ話 9日目~千秋楽】あの足を見たら優勝なんて想像できなかった
【名古屋場所こぼれ話 9日目~千秋楽】あの足を見たら優勝なんて想像できなかった 名古屋場所は、関脇安青錦の3度目の優勝で…
佐々木一郎
-
大相撲【名古屋場所こぼれ話 初日~中日】獅司は入門時、ポケトークで意思疎通していた
【名古屋場所こぼれ話 初日~中日】獅司は入門時、ポケトークで意思疎通していた 名古屋場所は、関脇安青錦の3度目の優勝で幕…
佐々木一郎
-
大相撲【大翔丸 引退会見全文】両親から伝えられた「でも、その小さい体で、ようやったよ」
【大翔丸 引退会見全文】両親から伝えられた「でも、その小さい体で、ようやったよ」 元幕内の大翔丸(35=追手風)が名古屋…
佐々木一郎
-
大相撲【アーカイブ動画配信中】佐々木一郎記者「夜の大相撲」お楽しみください
【アーカイブ動画配信中】佐々木一郎記者「夜の大相撲」お楽しみください 【お待たせいたしました! アーカイブ配信開始いたし…
佐々木一郎
-
大相撲朝乃山の富山への愛が詰まった反物 ブリが波の上に跳びはね、立山連峰が見守る
朝乃山の富山への愛が詰まった反物 ブリが波の上に跳びはね、立山連峰が見守る 大相撲には、幕内力士や相撲部屋が反物を作り、…
佐々木一郎
-
大相撲背筋が凍るデザインはどうして生まれた? 王鵬の今年の反物は「ホラー柄」
背筋が凍るデザインはどうして生まれた? 王鵬の今年の反物は「ホラー柄」 大相撲には、幕内力士や相撲部屋が反物を作り、お中…
佐々木一郎
-
大相撲【琴栄峰インタビュー】一門を超えて伝授された四股、飛躍のきっかけと近づいた優勝
【琴栄峰インタビュー】一門を超えて伝授された四股、飛躍のきっかけと近づいた優勝 22歳の新鋭、琴栄峰(佐渡ケ嶽)が夏場所…
佐々木一郎
-
大相撲安青錦が休場中に考えていたこと 「落ちたらまたもう1回、上がればいいだけ」
安青錦が休場中に考えていたこと 「落ちたらまたもう1回、上がればいいだけ」 安青錦(22=安治川)が、名古屋場所(7月1…
佐々木一郎
-
大相撲若隆景と若元春が弟として感じたこと… 大波3兄弟の長男・若隆元が若者頭へ転身
若隆景と若元春が弟として感じたこと… 大波3兄弟の長男・若隆元が若者頭へ転身 大波3兄弟の長男、若隆元(34=荒汐)が夏…
佐々木一郎
-
大相撲力士の化粧まわしや締め込みが燃えてなくなった 31年前のパリの記憶
力士の化粧まわしや締め込みが燃えてなくなった 31年前のパリの記憶 大相撲パリ公演が2026年6月13、14日にフランス…
佐々木一郎