【ヤマコウの時は来た!】

 ◆10R

 今開催、武田豊樹の仕上がりはひと味違う。特選の走りは「自力ではもう限界か…」というファンの声を見事に覆したし、GR賞も平原康多に乗って1着。村上義弘不在のダービーを立派に盛り上げている。

 その武田がここまで頑張れる源とは何か聞いてみた。

 武田 そうですね……。

 そう言った後、長い沈黙があった。いろいろと自分の考えをまとめている。

 武田 まず負ける自分が嫌なんです。たとえ優勝しても次のレースを走って、負けると敗因を追求したくなる。その積み重ねでここまで頑張れました。

 今年43歳になった武田は、常に年齢という壁が立ちはだかる。競輪学校を卒業したのも29歳だった。

 武田 年齢のせいにすると、負けを認めてしまうので、それはしたくありませんでした。いろんなトレーニングをすることによって年齢に対抗する。今もずっと研究中です。

 -競輪はスピードスケートと違ってタイムトライアルではない。本番で力を発揮するにはどうすればいいか

 武田 スピードスケートでは、練習である程度タイムが出ると本番も読めますが、競輪は読めない分難しいし、がむしゃらに取り組みました。本番よりも練習で目標を達成できなかった時の方が悔しいですね。

 -そのがむしゃらさで花開いたのが09年の岸和田ダービー制覇だった

 武田 ダービーは一発勝負と違って長丁場ですから勝つのは難しいです。G1は大会によって競技中心の選抜方法だったり、東西の選考順位だったりいろいろな特色がありますが、ダービーは162人が獲得賞金で公平に選ばれて覇を競う。それだけに重みがありました。

 -それ以降はGP1冠、G1・6冠を取り競輪界に一時代を築いた

 武田 完璧だったと思えるレースはありません。同じ失敗を何回も繰り返すし、競輪のことに対して自信がありません。だからインタビューや取材はすごく苦手です。

 笑って応えてくれたがこれだけの選手がそんな思いでいることが意外だった。いつも自信満々でレースに挑んでいると思っていたが、実は普通の選手と同じ感覚を持ち合わせていた。

 武田 平原に刺激を受けている部分は間違いなくあります。まず勝負に対してひるまないところです。自分は競技出身ですが、向こうは若いころから競輪選手をやっている分、経験も豊富。いつからか、別線で走る意味がないと思って連係を始めました。自力をあきらめたわけではない。あきらめるということは負けることですから…。

 武田と話していると「負けを認めない」というのがキーワードだと気付く。滝沢正光・現競輪学校校長も、よく「あきらめた時がゴール」と言っていた。

 武田 若手に対してこうしろということはありません。タイトルを取ろうと思わないと取れないし、なりたい選手にもなれない。今も競輪は研究の最中なので奥が深い競技です。

 どれだけ勝ち星を重ねてもあくなき探究心がぶれることはない。準決10Rも先行を含めて組み立てていく。(日刊スポーツ評論家・山口幸二)