国際サッカー連盟(FIFA)カウンシルメンバー(理事)の田嶋幸三氏(68)によるW杯北中米大会「多事争論」。1998年フランス大会以来28年ぶりの本紙評論〈最終回〉は、政治介入疑惑で物議を醸した出場停止猶予問題、ハイドレーション(飲水)ブレイクと商業化の是非、将来の64チーム拡大案、日本と世界の差と課題…そして2046年の再招致など諸処に踏み込み、締めくくった。【取材・構成=木下淳】
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史上最長、最多の39日間104試合に拡大したW杯が幕を閉じた。6月11日の開幕戦から7月19日の決勝まで現地で見届けたが、総括すると、やはり審判やVARの運用に関して、疑念を抱かれる騒動が起きてしまったことが残念だった。
米国FWバログンの出場停止1年間の猶予は、インファンティノ会長は「関与していない」を貫き、トランプ米大統領も「頼んだ覚えはない」と言う。「UAEの規律委員長が独断で」との報道(仏レキップ紙など)もあったが、説明文書は「諸般の事情」的で、それで済ますのか。説明に納得しない人は多いだろう。
真相は分からないが、主審たちに重圧を与え「忖度(そんたく)があった」と世界中に想像もさせてしまった。10月のFIFA理事会で会長に説明を求める声が上がるはずだし(27年3月の総会で)再選の流れに「待った」がかかるかもしれない。決勝も、スペインが均衡を破ったかに見えた(延長前半6分にネットを揺らした)場面が無効になった。ノーファウルに見えたのにVARの介入もなし。最終的に「スペインが優勝して良かった」と思った人も少なくないはず。信頼回復が祭典後の課題になる。
トピックとなったハイドレーションブレイクは、既に選手の健康に配慮して必要なもので、そこにCMを挿入できたことはマーケティング側も技術の面からも良かった。しかし、寒い気候の中では実施する必要はない。ハーフタイムショーも、規則の15分を超えてまで行う必要はないと思う。
ただ、何事もトライは必要であり、今回さまざまな試みができたことは良かった。そこに、収益が増えたのだから。全211の加盟協会に還元できること、出場国への賞金と分配金が15%増となったことを考えれば悪いことではなかった。
しかし、サッカーの本質を考え、変えていいものと変えてはならないものがあることを、議論しなければならないと思う。「商業化」の原点となった1984年ロサンゼルス五輪は、実業家のユベロス組織委員長が“税金に頼らない”民間運営に転換。スポンサー料と放映権料で2億ドル超(当時約500億円)の黒字を生み、各競技の発展につながった。ただ、あくまでスポーツ主導。マーケティングありきで話すことではないことは断っておきたい。
日本が再招致を目指す2046年は、さらにチーム数が増えているだろう。参加48→64チームなら1次リーグは72→96試合に増え、全128試合となる。その中で日本の単独開催は難しいことも今回、実感した。競技場の質と数が決定的に足りない。ダラス、ロサンゼルス、ヒューストン、アトランタ…どこも素晴らしかった。アメリカンフットボールの本拠だが、シーズンは秋冬の16試合ほどしかないのに、スタジアム・アリーナが年間を通じて収入を上げるビジネスが確立している。あの規模の箱を日本では10も持つことはできないが、築地や神宮…コンパクトでも高機能で予算以上の回収でできる施設になれば、皆が幸せになれる。
48チームより64チームの方がいいことも分かった。各組3位の上位8チームが数日がかりで決まる仕組みは公平性の点で課題が残ったし、均等に1次リーグ3試合で上位2チームが決勝トーナメント1回戦(ラウンド32)に進む方式は、最初の2戦で突破が決まって負担が減る展開にもなる。
64チームなら、より共催しかない。東アジア、さらに東南アジアの経済発展を考えれば歓迎したい。ベトナムも収容13・5万人という世界最大級のスタジアムを首都ハノイ近郊に建設するし、伸び盛りの国々と手を組む発想も必要になる。
そして日本は、変わらず2050年までにW杯優勝を目指す。負け惜しみと言われようが、ベスト8に残る実力はあった。フランスやモロッコなど相性が悪い国もあるが、スペインには3年半前に勝った自負もあるし、今大会も、もし当たれば勝負はできたと思う。
ただ「新しい景色」に足を踏み入れるにはU-17や20のW杯、原則23歳以下の五輪で真剣に優勝を狙い、勝ち切る経験をしなければいけない。72年ぶりに8強のスイスも、主将のジャカたちが09年のU-17W杯で優勝したメンバーだった。
三笘、南野、遠藤が開幕前に、大会中も久保や板倉が離脱した。そこも含めて実力。もっと層を厚くしないとW杯で戦えないと再認識した。スペインが勝てたのは、戦術を徹底し、育成年代から五輪、A代表と進歩をつなげているから。女子もW杯で優勝した(男女は史上初)。育成の大切さを改めて痛感する。日本より小さな体格の選手もいながら、戦術眼やボール回しのうまさは最高級だった。
ただ、日本も組織的守備は世界に通用する段階に達した。流れを止めず、プラスアルファになる強化体制を整えないと。技術委員会には育成を加速してもらわないと。協会が正しい方向に進んでいるか、メディアの力も必要。国民の目で厳しく見ていただくことも必要だ。(FIFA理事、JFA名誉会長)(おわり)
◆田嶋幸三(たしま・こうぞう)1957年(昭32)11月21日生まれ、熊本県苓北町出身。5歳の時に東京都世田谷区へ転居。6歳の時に64年の東京五輪を見てサッカーを始める。浦和南高では主将FWとして75年度の全国選手権で優勝。筑波大4年時に日本代表入りし、国際Aマッチ7試合1得点。卒業後は古河電工へ。同期に岡田武史氏。83年に引退し、ドイツ留学。現U-17W杯の日本代表監督から02年に日本協会の技術委員長。JFAアカデミー福島の創設に携わる。専務理事、副会長を歴任し16年に第14代会長。2期8年を全うして名誉会長。15年からFIFA理事(現名称はカウンシルメンバー)。


