1990年6月、米ラスベガスでプロボクシング前統一世界ヘビー級王者マイク・タイソン(米国)の復帰戦を取材した。現地には中継局の日本テレビでゲスト解説を務めた長嶋茂雄さんもいた。結果は開始ゴングと同時に突進して豪腕をたたきつけたタイソンの1回KO勝利。その試合後に聞いた長嶋さんのコメントが実に印象的だった。

「いやあマイクさんのですね、復活にかける意地といいますか、前チャンピオンとしての誇りといいますか、最後の右のパンチの威力は人間の持っている可能性といいましょうか、これだけの大観衆の歓声を受けて、ナショナル意識をむき出しにしてですね……」。35年前のことなので正確には覚えていないが、ほぼこんな内容だったと思う。

初めて聞いた「長嶋語」は実にテンポよく、表現力と創造力に富み、耳に心地よく響いた。タイソンの強さはもちろん、会場の熱気まで見事に表現していたからだ。「ナショナル意識」という独特の表現が今も耳に残っている。「タイソン」と呼び捨てにせず「マイクさん」と呼んだところに、彼の人柄を感じた。

ところが、デスクに「短いコメントで出してくれ」と言われて四苦八苦した。あのコメントを短くまとめると、どうしても直接聞いた長嶋さんの話の印象とはまるで違った陳腐な味気ないものになってしまうからだ。この時、彼の表現力は活字という枠では収まり切れないのだと思った。

あの有名な「我が巨人軍は永久に不滅です」という引退セレモニーでの名言も、文章としては「重複表現」になる。「不滅」には「永久」の意味が含まれるからだ。それをあえて「永久に不滅」と重ねたことで「名言」として輝きを放った。彼の言葉はおそらくサービス精神などではなく、心の底から湧き上がってくるものなのだ。だから人を引きつけてやまない。そして、それは野球の楽しさ、面白さを全身で表現したプレースタイルとも重なる。

今年9月、東京で34年ぶりに陸上の世界選手権が開催される。前回91年の大会で中継局の日本テレビの総合司会を務めたのが長嶋さんだった。男子100メートル決勝でカール・ルイス(米国)が9秒86の世界新記録で駆け抜けて優勝した。「新幹線が通り過ぎていったかと思いました」。あの長嶋さんの興奮気味の甲高い声も、懐かしく記憶によみがえってきた。【首藤正徳】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「スポーツ百景」)

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マイク・タイソンの練習を見学に訪れた長嶋茂雄氏(1990年2月撮影)
マイク・タイソンの練習を見学に訪れた長嶋茂雄氏(1990年2月撮影)
マイク・タイソン(右)と記念撮影する長嶋茂雄(1988年3月撮影)
マイク・タイソン(右)と記念撮影する長嶋茂雄(1988年3月撮影)